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四国撮り歩記  霊場八十八ヶ所巡礼の旅:香川編  68・69番霊場

  
 第六十八番札所 神恵院と六十九番札所 観音寺に向かう 大凡9km。2つの札所が同じ境内に存在する、とても珍しい霊場である。
 
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           第六十八番札所 琴弾山 神恵院
           第六十九番札所 七宝山 観音寺
 
 神恵院は日証上人が開いた琴弾八幡宮と別当神恵院が由来。明治の神仏分離で、隣の観音寺金堂に本尊が移され、第68番札所神恵院と為り、以来、観音寺と同じ境内に同居し、四国霊場では唯一の一寺二霊場と為った。
 
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                  山       門 (仁王門)
 
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                 「阿吽」の 仁 王 像
  四国霊場で唯一の一ヶ寺2霊場の寺。68番と69番の二ヶ寺が同居。仁王門の右の柱には「四国 六十八 六十九番 霊場」と書かれ、左の柱には「七宝山 観音寺 神恵院」と一緒に書かれている。
 
 山門を潜り参道を進むと石段があり登り切った境内の右側に鐘楼があり左側の宝物殿の脇に手水場がある。
 
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                  鐘      楼      堂
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 鐘楼堂の天井には見事な彫刻が施されている。
 
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                  宝物殿脇の 手  水  場
 
 手水で身を清め少し進み左に折れ進むと右側に神恵院の太子堂・本堂があり左側に庫裏・納経所がある。
 
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                  神 恵 院 太   子   堂 
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                  太  子  堂 と 本   堂
 
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                  本堂;外観はコンクリート仕立て
 簡素な入り口を入り階段を登ると本堂。
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                  本             堂
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                  内             陣
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                  本尊:阿弥陀如来(伝 弘法大師作) 
  
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                  拝      殿 ; 天 井 飾 り
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                  交  通  安  全  地  蔵  尊
 
 神恵院本堂の右側には観音寺太子堂が並び愛染堂・五体の如来石像・薬師堂と続く。
 
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                  観  音  寺  太   子   堂
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                  愛       染       堂
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                  愛染堂と五体の如 来 石 像
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                  薬      師      堂
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            薬師堂の左に 心 経 堂 
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                  金色の 弘 法 大 師 像
 
 薬師堂へ登る石段の右側に観音寺本堂がある。
 
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                  観 音 寺  本       堂
 観音寺の朱色の本堂は 室町期延宝5年(1677年)建立で 国の重要文化財指定名称は「観音寺金堂」。昭和34・6・27日指定。昭和34年(1959年)にも解体修理が施されている。
 
 ご本尊 弘法大師が刻んだ 聖観世音菩薩像は秘仏。
七難三毒 といわれる 嫉妬・虚栄・依頼心・恐怖・中傷・欲ばり・怒りおろかな考えなどを除いて下さる仏さまです。
 
 寺伝によれば、行基が養老6年(722年)に訪れた後、大同2年 (807年)空海(弘法大師)が第7世住職として入山し、奈良の★興福寺を模して、中金堂に聖観世音菩薩像を刻み本尊とし、西金堂、東金堂など七堂伽藍を整備し、名称も観音寺と改め札所のひとつにしたという。
 
 
 ★ 興福寺:、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。南円堂は西国三十三箇所第9番札所である。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。
 
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               興福寺五重の塔 左に東金堂がある(双方国宝)
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                  東    金    堂 (国宝)
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                  阿  修  羅  立  像
                 4年前阿修羅展が催され拝観した。
★南都七大寺:東大寺 (華厳宗 )、 興福寺 (法相宗 ) 薬師寺 (法相宗) 元興寺 (最古の寺現在の飛鳥寺がルーツ)
大安寺( 現在、高野山真言宗) 西大寺 (真言律宗総本山)
 以上が南都六大寺、六大寺に 唐招提寺か法隆寺を加えて七大寺。
唐招提寺 (律宗総本山 ) 、法隆寺 (現在、聖徳宗)
                                (前作のひげ爺ブログより転載)
 
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            納      経      所
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                  納   経   所  も共有
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            御    朱    印
 
 無事参詣を終えて第70番札所 本山寺に向かう・・・・・・・合掌    10月9日午後12時35分
 

 神恵院 『略縁起』
 大宝3年(703年)、琴弾山の山頂で修行をしていた★法相宗の日証上人が、海に浮かぶ一艘の船を見つけた。その船からは琴の音が響いていたため、驚いた上人はそれを宇佐八幡のおつげと悟り船を浜辺に引き上げた。すると船の中より「我は八幡大明神なり、宇佐より来たる。この地の風光、去りがたしと覚ゆ」と声がし、海が一夜にして竹林と松林に変わったといわれる。その神威に驚いた上人は、里人数百人とともに神船と琴を琴弾山頂に引き上げて祀ったと伝えられる。その時に琴弾八幡宮と名付け、併せて神宮寺も創建した。この神舟は神功皇后ゆかりのある舟であるため、皇后の像も合祀されている。養老6年(722年)には行基が巡錫し、後の大同2年(807年)?には弘法大師もこの地に巡錫、阿弥陀如来の尊像を描き本尊として安置した。その時四国霊場札所に定め、寺号を琴弾山神恵院と名付けたとされる。明治初期の神仏分離令で八幡宮に安置されていた阿弥陀如来は観音寺の境内に移され、琴弾八幡宮と神恵院に分離した。それぞれ独立して神恵院は観音寺と同居し、本堂と大師堂を移建した。平成13年には本堂が移され、現代的な建物になっている。

 ★法相宗(ほっそうしゅう)は、中国創始の仏教の宗派の一つ。唐代に栄えたがその後衰退。
 
 ★ 本尊:阿弥陀如来(伝 弘法大師作)    ★ 開基:日証上人
 ★ 本尊の真言:おん、あみりた、ていせい、からうん

 
 
 観音寺 『略縁起』
 大宝年間に日証上人によって創建されたころの寺号は「神宮寺宝光院」と称した。以来、100年後の縁起からたどる。大同2年(807年)、弘法大師は琴弾八幡宮の本地仏である阿弥陀如来像を納めたとき、この寺の第7世住職となって入山している。大師はそのころ、琴弾大明神が乗っていた神船は神功皇后とゆかりがあり、観音の化身であると感得した。そこで大師は、琴弾山の中腹に奈良の★興福寺にならって中金堂、東金堂、西金堂の様式で七堂伽藍を建立し、その中金堂には本尊とする聖観世音菩薩像を彫造して安置した。さらに、この地に仏塔を建てて瑠璃、珊瑚、瑪瑙などの七宝を埋め、地鎮をしたことから、寺名の神宮寺を「七宝山・観音寺」に改め、霊場に定めたとされている。
 桓武天皇(在位781〜806年)はじめ3代の天皇の勅願所となり、また室町時代には足利尊氏の子・道尊大政大僧正が住職として45年間務めるなど、寺運は隆盛を誇った。だが、やはり明治新政府の神仏分離令により本地仏を移し、一境内に二霊場となった。本堂は、金堂とも呼ばれて室町時代の建築で国指定重要文化財。朱塗りの柱が色鮮やか。境内には宝物館があり、彫刻としては珍しい「仏涅槃像」(厨子入り、平安〜鎌倉時代)をはじめ、絵画では「琴弾宮絵縁起」(絹本著色、鎌倉時代)、「不動二童子像」(絹本著色、室町時代)のほか、前項で触れた本地仏像など国の重要文化財が数多く収蔵されている。
 
 ★ 本尊:聖観世音菩薩    ★開基:日証上人
 ★ 本尊の真言:おん、あろりゃか、そわか
 
 
 ◎ 四国遍礼霊場記 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護)    (参考資料として)
 
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 文武天皇の時代、大宝三年に八幡神が宇佐神宮から移ってきたという。三日にわたって西の空が鳴動し、黒雲に覆われ太陽も月も光を失った。住民たちは何事が起こったのかと、怪しみ合った。そうこうするところ、西の空から白く藻が虹のように立ち上がり、この山に架かった。山の麓、梅脇の浜に一艘の怪しい船が近付いてきた。中から琴の音がした。妙なる調べが、山の松の間を擦り抜けた。当時、山には日証という上人が住み着いていた。上人は船に近付き、どのような神人が乗っているのか、なぜにここに来たのかを問うた。船に乗る人は、自分は八幡神であり、都の近くで国を守護しようと考えて、宇佐から来たと答え、ここが霊地であるため留まると言った。上人は、凡夫は言葉だけでは信じられないから奇蹟を起こすよう八幡神に願った。その夜のうちに、海の十余町が竹林に、浜の十歩余が松林に変わった。驚かぬ人はいなかった。上人は呼びかけて、まだ無垢な十二三歳の少年数百人を集め、元は海であった竹の谷から山上へと、船を引き上げた。祭りをして、琴弾別宮とした。琴と船は、現在でも社殿の中にある。数回、霊異を起こした。この船は、神功皇后が朝鮮半島を攻めたときに用いたものだった。二所宗廟と呼ばれ、伊勢神宮と共に天皇家が篤い八幡は、神功皇后・応神天皇の神話と関わるため特に外敵征伐の神とされている。そのため、この宮はユーラシア大陸/朝鮮半島のある西に対している。北には神功皇后の腹心であった武内宿祢、南には神功皇后朝鮮出兵時に出現した住吉明神を祀っている。下方には若宮、傍らには鐘楼がある。社殿へと登る石段の両脇に七十五神を祀る祠が並んでいる。このうち、青丹大明神を最上位に置いている。
 山は岩がちで三方を海に囲まれている。険しく人を寄せ付けないさまは、霊仙が岩屋に住んでいたからだろう。中腹に山門を置き、麓に鳥居を建てている。近年、勅額を受けた。縁起は中納言実秋の直筆。将軍直々の命令書もある。道範阿闍梨が参詣し次の歌を詠んだ。「松風に昔の調べ通ひ来て 今に跡ある琴弾の山」。
 
 
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 唐への留学を終えた空海が、琴弾神社に参詣し無事に帰朝した喜びの儀式を行ったとき、神の啓示によって、この地を開いて寺を建立した。僧侶を常駐させ、琴弾にいます八幡神に仏の教えを及ぼし続けようと考えたのだ。
 空海は高堂を建て自ら観音像を作って安置し、観音寺と名付けた。高さ一丈六尺の薬師像を彫って、金堂に安置した。脇に四天王像を添えた。弥勒堂・宝塔・愛染明王堂が所狭しと並んでいる。石塔四十九基が並んでいるが、恐らく弥勒菩薩が修行を続け、そこに往生すれば五十六億七千万年後の弥勒成仏の折に、現世に立ち帰り最初の説法を聞くことができるという、都率天【兜率天】を巡る四十九重の摩尼光を表現しているのだろう【ただし、当寺の本尊は、十二の本願と四十九の功徳をもつと語られる薬師如来である】。
 また、空海が国家鎮護のため七種の珍宝を山に納めた故に、七宝山と称するという。山容は八葉を象り、九所の秘穴があって、全体として金剛・胎蔵両界が融合した象徴の配置がなされていると、縁起には書いてある。現在、境内の建物は七つ。









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