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ひげ爺の独り言 小噺 放談   『子供時代の泳ぎの訓練法』

 『子供時代の泳ぎの訓練法』

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 ヒゲ爺は山陰の海っ子生まれで海育ち、image[2]
ホタテ貝を伏せたような入り口が狭く  海岸線は円く真っ白い砂浜が広がり波の打ち寄せる砂浜は「雪の白浜」と称され自然の良港と言われた小さな漁村である。
村の港を望む崖の上にある為世永神社境内には
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「見渡せば 沖に絹巻
     千歳松 波諸寄に雪の白浜」  伝西行法師歌碑がある。寄進者は「馬関吉津新兵衛」明治十八年建立と刻まれている、馬関は今の下関のこと、如何なる人物か調べてみたが定かでない。この地が近世から近代初頭まで北前船寄港地であった事実からして恐らく下関の北前船の船持ちではなかろうか?
村にある他の「春日神社」にも多くの絵馬が奉納されている。
 西行歌碑については、子供の頃から「新古今集」に掲載と聞いていたので調べてみた、西行歌は95首あるがこの歌は無い。
そこで、YAHOOの「知恵袋」に「『見渡せば 沖に絹巻き 千歳松 波諸寄の 雪の白浜』の歌碑が兵庫県温泉町諸寄の為世永神社にあります。西行法師の和歌と言われているが、新古今集95首にも有りません。
何歌集に掲載されているか教えて下さい。」と投稿した結果西行の研究者であろう方から以下の回答があった。
「残念ながら、西行の歌と確認できませんでした。
また、山家集、西行法師歌集、聞書集、残集にもこの歌はありませんでした。
degital西行庵 樣
http://www.saigyo.org/saigyo/html/index.html
以上の点から、伝西行歌のものかと存じます。」
 残念ながら今だ真偽の程は分かっていない。伝西行歌としてそっとして置いた方が良いかも知れんとの思いもある。
 
 
 「見渡せば 沖に絹巻 千歳松 波諸寄に雪の白浜」の歌碑の件:作者が解りました。・・・豊岡藩 第二代藩主京極高住の作と解りました。新温泉町浜坂在住で「以命亭」にお勤めの岡部良一さんに教えて戴きました。
 長年に亘り、喉に刺さった小骨が取れたの感があります。有難う御座いました!
 
 
 
 
 歌碑と言えば、前田純考の歌碑もある。「東の啄木、西の純孝」とうたわれていた歌人である。
 「いくとせの 前の落ち葉の 上にまた 落ち葉かさなり 落ち葉かさなる」
 
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 同村の生まれで、生家は100mも離れていない。お婆は同年代生まれ出で話をよく聞かされた。「純考さんは勉強はよう出来けたけど身体が弱かったけ早ように死んだ、早よう死んだら何にもならへん、お前は多少出来が悪うても良えけえ元気で長生きせえよ!」純考さんも変なところで引き合いに出されたものである。
 
 終戦の混乱から多少落ち着きを取り戻し、6,3,3制の学校制度にも慣れてきた昭和23~4年頃から臨海学校が盛んになり、「白砂青松雪の白浜」「遠浅で流れも少なく、波も穏やかで安全」として有名になり、県内外の小中高生で大いに賑わい、寺も小学校も民宿に借り出される始末であったように記憶にある。
後年、宝塚に転居した際、戸籍係りの担当者が「諸寄出身ですか、柏原高校3年間臨海学校で行きました、寺が宿舎で綺麗な海だった記憶があります。」
「その寺近くの生まれです。33年に家を離れたんですが、その頃までは昔の儘に綺麗でしたが、日本海側得に山陰は浜が沈下しているらしく、防御策としてテトラポットや一文字波止を造ったりして様変わりして残念ながら昔の面影は有りません」沈下を防ぐ為の処置で止む無しの方法ながらテトラ、一文字の所為で流れが滞り透明度は落ち「白砂」が泣いている。残念至極である。

 閑話休題、

 「雪の白浜」と言われる通り浜は粒子の小さな砂浜で現在の倍広さは有った様に記憶している、相撲は勿論軟式ボールで野球も遣った。
 我が家では4歳の夏には泳ぎの特訓がある。写真純考碑の右側に通称「庚申(こうしん)さんの下」と呼ばれる場所に一方は陸に繋がり其処を基点にして10m足らず三角点の場所に小さな岩が顔を出していた。底は砂地で120~150cm程度の深さで安全な場所である。当時鳥取の旧制中学に通っていた兄が中心で二人の姉が監視役、三角岩の中心に放り込まれ、もがきながら岩に辿り着くと又中心に引きもどされるの繰り返し、犬掻きでもがかず岩に辿り着ける様には一日で出来る様になったと記憶にあるが定かではない。
国民学校1年生の夏には可也泳ぎも潜りも出来るようになっていた。
 戦前からの伝統で村は7区画(町と読んだ、我が家は中町)に分かれており国民学校の高等科の生徒が少年団的グループ(ガキ大将のグループと言うべきか)を創り小学一年以上の子供は一緒の行動をし遊びも一緒であり仲間入りをする為には「一年生までに泳げること」は必須の条件であった。どの町内にもその様なグループがあり何事も競い合いをしたものである。
自分のグループの子供が喧嘩したり、虐められたりすると、大将同士で話し合い、両グループ立会いの下で喧嘩を相撲に変えて決着を着けたりして、両者納得ずくで仲直りさせた良い風習もあった。
現在盛んにニュースで取上げられている様な大勢で一人を虐める様な陰湿な虐めなど全く記憶に無い。
国民学校一年生になり晴れて仲間入りしたのが終戦の年である、幼かった所為でもあろうが、戦争の実体験が無い為か余り「敗戦」の実感がない。
海の恵みがあり、山があり、「耕して天に至る」と称されるほどの田畑も有りで比較的食料に恵まれていた所為でもあろうか。
昭和20年の夏休みにグループの一員となり一緒に「泳ぎに行く」事が出来るようになった。
「泳ぎに行く」とは海岸で泳ぐことではなくて「岩場でサザエ、アワビ、魚、海草」等の漁に行くことである。
岩場で泳ぐ時は危険が伴う為必ずグループで行動し、離れ島に泳ぎ渡るときは二番の年長者が先導し殿は最年長が務めることが暗黙のルールと為っていた。
岩場での泳ぎは危険が一杯、水中眼鏡で底を確認しながら泳ぐのが鉄則でもあった。現在はゴム枠の水中眼鏡が普通だが当時はブリキの枠で個人の顔に合わせて特注の眼鏡を造る職人さんもいた。
「潜る訓練」「さざえ、あわび、貽貝の取り方」「やすの使い方」「蛸の獲り方」「見釣り(根魚等を見付て釣具を魚の目先に下ろし釣る法)」と教えられた。
「蛸の獲り方」等は中々ユニークである、岩場の穴に居る蛸を見付けると、やすで目の部分(頭部)を突き放置しておき水面で穴から出てくるのを待って手掴みで捕り、すかさず漏斗より上部の胴部を裏返しにすると泳ぐことが出来なくなり100%獲れる。蛸は変わった生き物で写真の通り、よく絵にある蛸踊りの鉢巻をする部位が胴である。

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漁は岩場ばかりではなく、砂場でも川でも遣ることもある、そのユニークな漁を紹介する。鮎漁には、えさ釣り、友釣、転がし、鵜飼、梁漁、投網、巻き網(刺し網)等々多様な方法があるが、川で巻き網漁も良く遣った、4~50cmの浅場に網を流れに平行に張り何人もの仲間が一列横隊になり川上から鮎を網に向け追い込み、時をみて両端を締め網で円形状の輪を造り漁する方法である。
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                            巻き網(刺し網)

 巻き網を使った鱚(キス)漁の話;前述の鮎漁と同じ事を「雪の白浜」で遣る訳である。
「鱚の習性を利用」した漁獲法と自負している。当時は鱚も群れを成すほどいたし他の魚も近年では信じられぬ程豊富だった様に記憶にある。深さ2~3m程度の場所を手分けして鱚の群れている場所を探し「鮎の巻き網」と全く同じように網を張り、子供等全員半円になり網に向けて群れを追い込み網を絞れば漁の成功である。
2mの深さで1m足らずの刺し網では網の上を逃げるんじゃないかと大抵の方は思われるに違いない。
「鱚の習性を利用」したと前述したが、鱚は砂地から浮上しても精々4~50cm程度、1mの浮上すること絶対に無い、追いかけると横に散ることも無く直線で真っ直ぐ逃げるのが習性である。他の魚は網の上を逃げたり、横に逃げたりで、獲れることは先ず無い。鱚の習性を利用した子供等だけの「鱚の刺し網漁」日本広しと言え我らだけと自負していたが如何なものか?。
岩場では、ゆったりと潜るが、この漁の潜りは速く且つ長く潜る必要もあり、「泳ぎ、潜りの」最高の訓練の場でも在ったに違いない。
余談であるが兄貴の旧制中学は東高校となりヒゲ爺も同じ道を歩み入学したのが昭和29年、その夏の校内水泳大会で50m平泳ぎに出場し25mプールでターンするまで潜り水面に出たのがターンの後、其の儘泳ぎ切り水泳部の平泳ぎ選手に勝ってしまった。ターンとゴールを両手でしなかった為後で失格と成ってしまったがそれ程平泳ぎと潜りが上達したのは「さざえ、あわび獲り、鱚網」で培った訓練の賜物と思っている。
 子供の頃からの海好きは古希を過ぎるまで続き毎年田舎の海に潜りに行ったが去年で止めた。昔の海が死んでしまった寂しさと体力の限界を感じ始めた所為である。
夏休みになると水の事故のニュースを良く見かけるが海も川も危険が一杯だ。
「危険が一杯」を念頭に自分の水泳能力に合わせて無理をしないで楽しむことが慣用である。
海水浴場、河川敷でバーベキュー等して飲みながら泳ぐ姿を見掛けるが一喝したくなる。海、川での飲酒は絶対駄目「酔泳禁止」である。



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