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西国三十三観音霊場 撮り歩き  第六番霊場 南法華寺(壺坂寺)

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 西国三十三観音霊場 撮り歩き  第五番霊場  葛井寺

 
  第五番霊場  葛井寺は西国三十三観音霊場の中で唯一大阪府内にある霊場であり我が家から一番近くにある霊場である。
 大阪の東南に位置する藤井寺市の街中にある。藤井寺の位置する東南部に広がる河内平野は、飛鳥時代に百済からの渡来人に由って開かれた処と言われており藤井寺市の地名となった葛井寺は、百済からの渡来人葛井氏の氏寺として建てられたと云われている。
 
 大阪阿部野橋駅から近鉄南大阪線準急で13分藤井寺駅で下車、沿線沿いに東へ、踏切脇に記された葛井寺参道の道標に沿い右折、駅前には古くからの商店街が広がっており、門前町として千年以上繁栄してきた歴史が偲ばれる。
 大阪阿倍野駅は2014年3月に竣工した日本で一番高い超高層ビル「アベノはるかす」の一階にある駅舎である。「アベノはるかす」は東大阪市の我が家(11F建マンション7F部)からも良く見える位置にあります。
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                   「アベノはるかす」遠景(借物)
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 我が家(11F建マンション7F部)から写す。
 
 
 霊場の山門としてはちょっと小さいなと思いながら門を潜る。境内に入って直ぐ左手に本堂がある。境内の配置としては変だ。山門から入ると本堂は一番奥に配列されているのが通例なのにと思いつつ手水舎で漱ぎ本堂に詣でた・・・。
 暫く後に気付いたが先ほどの門は山門ではなく出口の西門であった。小さく感じた訳である。

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                 葛井寺の「西門(四脚門)
 豊臣秀頼によって1601年に再建された、現在の葛井寺で最も古い建築物で、重要文化財に指定。
 
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 西門の右側にある寺の歴史と縁起紹介の看板。
 
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                  境内 諸 堂 配 置 図
 
 西門を入ると左右に藤棚があり護摩堂・手水舎と続く・・・
 
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                  藤     棚 (右 側)
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                  手     水     舎
 
 手水で漱ぎ本堂へ・・・本堂手前に護摩堂
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                   護     摩     堂
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                   本尊:不 動 明 王 像
 
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                   本           堂
本堂 - 江戸時代、宝暦3年(1753年)上棟の棟札があり、竣工は安永5年(1776年)である。 
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                   本  堂  外  陣
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 ・ 山号 紫雲山(しうんざん)
 ・ 寺号 葛井寺(ふじいでら)
 ・ 宗派 真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)
 ・ 勅願 聖武天皇(しょうむてんのう)
 ・ 開基 伝 行基(ぎょうき)
 ・ 開創 伝 神亀二年(725年)
 ・ 本尊 十一面千手千眼観音菩薩(国宝)
 
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                  鐘     楼     堂 
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                  専心龍乗観世音菩薩
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                  太     子     堂
 左側に「旗掛けの松」・・・
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                  旗 掛 け の 松
 
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                  修 業 大 師 立 像
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                  観 音 堂 (阿弥陀二十五菩薩堂)
 阿弥陀如来と聖衆来迎二十五菩薩像が安置されている。
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                  観音堂隣の 出  世  地  蔵  尊
 
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                  境内から見た 南  大  門 
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                  南       大       門
 寛政8年(1796年)の上棟、寛政12年(1800年)頃の竣工。入母屋造の楼門(2階建て門)である。
 
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               「阿・吽」の 金 剛 力 士 像
 
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                  略  縁  起  掲  示

 略縁起:
 河内の文化は、飛鳥時代より奈良時代にかけて発展し、当寺葛井寺も百済(くだら)王族「辰孫王」の子孫王氏一族の『葛井給子』が当時の天皇の仏教興降政策に協力し、国家のためと称して創建された。
 永正七年(一五一〇)の勧進帳によると、『聖武天皇』の勅願による2Km四方の七堂伽藍の建立で(当寺所蔵の伽藍絵図によると、金堂・講堂・東西両塔をそなえた薬師寺式の伽藍配置を整えていたと考えられる。)古子山葛井寺(紫雲山金剛琳寺ともいう)の勅号をいただき、その落慶法要には、天皇自ら行幸されたという。
 その聖武天皇が春日仏師(稽文会(けいもんえ)・稽首勲(けいしゅくん)親子)に命じて十一面千手千眼観世音菩薩を成させ、神亀二年(七二五)、三月十八日入仏開眼供養のため藤原朝臣房前卿を勅使に、行基菩薩を御導師として勤められた。(参考資料:HPや西国三十三ヶ所めぐりから抜粋)
 
 
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             御   朱   印

  
  

 西国三十三観音霊場 撮り歩き  第三番霊場  粉河寺

 
 《お詫び》:を書いて以来、4ヶ月余りもご無沙汰致しました。
スランプに陥りもう辞めようかと思ったこともありましたが、再度挑戦することと致しました。またご訪問くださいますようお願いいたします。 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 5月2日粉河寺に向かいバイクで自宅を出発AM8:00。200mも走るとR170(国道)に出る。堺、河内方面へ向け南下する。
凡そ30Km走るとR371高野街道がありR170から左折。凡そ25Kmで橋本市を縦断するR24に出る。高野街道を右折しR24に車線変更する。粉河寺は下図が示す通り。
 
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                粉河寺近くの案内図
 
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             粉河駅から粉河寺までの道標                
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            駅から寺まで800m。100m毎に並ぶ 
 
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                         粉 河 寺  大  門 

 宗派:粉河観音宗総本山

 本尊:千手千眼観世音菩薩

 開基:大伴孔子古

 縁起:宝亀元年(770年)大伴孔子古(おおとものくひこ)が本堂の場所に草庵を結び、千手千眼観世音菩薩を本尊としたのがはじまり。鎌倉時代には隆盛を極めたが、天正13年(1585年)豊臣秀吉の根来攻めの戦火にあい全山消失した。現在の堂宇は江戸時代の再建である。
本堂内には八代将軍徳川吉宗が寄進した左甚五郎作「門前の虎」がある。
 
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             山門の「阿吽の金剛力士像」(左) 
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             山門の「阿吽の金剛力士像」右)
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                大 門 「説 明 板」
 
 大門を潜り境内に入ると左に駐輪場と右側に茶屋があり昔の娘さんが威勢の良い呼び込みをしている。「バイクは何処に置けば良いか」 と聞くと、不動堂の前辺りに置いてという。車用駐車場は他にあるようだ、案内板がある。
 
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                不    動    堂
 不動堂の右隣に案内図あり。不動堂は大門をくぐった最初のお堂です。
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                粉 河 寺 案 内 図 
 
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 案内図看板から見た中門までの風景:参道を挟んで左側に堂宇が並び右に清流の小川が続く。
 
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 観音出現の碑です。童男大士に化身した千手観音が出現したそうだ。
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                阿弥陀如来を安置する念佛堂
江戸時代後期の総欅造りの建造物です。
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                聖徳太子を祀る太子堂 
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 手水舎:総高240cm、幅185cmで粉河鋳物師・蜂屋薩摩掾五代目・源正勝1775年の作
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                身代わり 地 蔵 尊

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                粉河寺 中  門 遠望  
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                中            門 
 1832年に建立された中門は四天王を祀っている。
造りは入母屋造、本瓦葺きの楼門で軒まわりまで良質の欅(けやき)を使い、繊細な建物に仕上げている。重要文化財に指定。

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                風  猛  山 の扁額
 紀州十代藩主・徳川治宝候(はるとみ)の直筆。風猛山は粉河寺の山号である。
             
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                多    聞    天 
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                広    目    天
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                持    国    天 
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                増    長    天

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                中         門
 
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 中門を潜ると右側に茶店、左側に若山牧水の歌碑がある。正面に丈六堂がある。

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               牧  水  の  歌  碑
 
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               丈     六     堂
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           丈六堂に安置される阿弥陀菩薩像
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         丈六堂の側の芭蕉の句碑
    『ひとつぬきて うしろにおひぬ ころもがえ』
 
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              本   堂   遠   望
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 本堂前の石段の両側には石段をあがった所との高低差を利用した枯山水蓬莱庭園がある。大きな石と植物を組み合わせたこの庭園は桃山時代の上田重安の作。国の名勝に指定されている。 
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             庭  園  『説  明  板』
 
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                  本             堂
 粉河寺は770年に創建されたが、この本堂は1720年に再建されたものである。江戸時代中期の寺院建築の代表的な建造物で重要文化財に指定されている。
 御本尊・千手千眼観世音菩薩が祀られているが、この御本尊は火災を避けるため本堂の地中に埋められているとのことで御本尊・千手千眼観世音菩薩は秘仏でいまだ公開されたことがない。
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                  本堂の一隅にある納経所
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 前回参詣の折ご朱印を戴いた朱印。(日付は平成27年11月4日)
 
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 本堂の西側にある1760年に建立された宝形造りの千手堂。正面に千手観音、両側の祭壇には紀州藩歴代藩主とゆかりの人々の位牌が安置されている。紀州徳川家の庇護を受けて栄え、千手堂は重要文化財に指定されている。
 
 千手堂を最後に帰路に就く・・・・・・・
 
 大門を潜って直ぐの茶店で遅い昼食を摂るPM1:30。
 店の昔の娘さんに「来る時は、R170号線から高野街道を通りR24号線に入り遣ってきたが、四番札所施福寺に行く近道はないか?」聞くと、「案内板の左の道を暫く行くと広い道路に出る、右に曲がり進むと葛城山方面行きの看板があるのでその道を行くと河内のR170号線に出ます。かなり険しいがオートバイなら大丈夫でしょう」とのこと。
 青洲の里、華岡青洲記念館等の看板を見ながら進む。華岡青洲の出身地のようである。

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 葛城山の看板を見付け左折する。山道はかなり険しい。連休中なのに対向車に余り合わない。
後で知ったが標高は950mあり「鬼街道」と呼ばれるR480号線であった。


 
 
 
 

西国三十三観音霊場 撮り歩き  第二番霊場  紀三井寺 

 
   
          第二番霊場  金剛宝寺   紀三井寺 
 
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 「行程」
 JR天王寺駅よりJR紀州路快速・和歌山駅下車.⇒JR紀勢本線・御坊行 乗り換えて2駅紀三井寺下車。所要時間・1時間26分。下車したら線路と並行する道路を南進する。凡そ10分程度で紀三井寺参道に至る。
 
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 「紀三井寺の紹介看板」
 当山は救世観音宗紀三井寺山金剛宝寺護国院と号し今から千二百年の昔、唐僧為光上人によって開創された霊刹であります。
御本尊「十一面観世音菩薩」(国宝・秘仏)は古来開運厄除けの霊験あらたかにして西国三十三ヵ所霊場第二番になっています。山内には清浄水、楊柳水、吉祥水の三つの井戸があり、常に清浄な水を湧き出させていることから紀三井寺と呼びならわされています。・・・・・・・

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.            「紀三井山御国院」の石柱と「紀三井寺 楼 門」
護国院楼門(重要文化財) - 参道正面、境内への入口に建つ楼門。室町時代中期の建立、三間一層入母屋造。寺伝では永正6年(1509年)に建立、永禄2年(1559年)に加修。正面両脇間に仁王像を安置している。
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                  楼   門 の説明看板
 
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                  「阿・吽」の 仁 王 像
 
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 楼門を潜ると230段余りの急な石段に為っており、参詣者泣かせのこの石段はかって「結縁坂」と言われていた。
 
 「結縁坂」のいわれ:楼門左の看板
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 「その昔紀ノ国屋文左衛門は、若い頃から孝心篤く母を背負ってこの坂を登り、観音様にお詣りしておりました。途中草履の鼻緒が切れて困っていたところ玉津島神社の宮司の娘「おかよ」が通りかかり鼻緒を挿げ替えたのが縁と為って二人は結ばれました。宮司の出資金によるみかん船で大儲けしたと言う。紀ノ国屋文左衛門ゆかりのこの坂は結縁坂です。
商売繁盛、良縁成就、その他何事もまずは、信心からと申せましょう。観音様に心からなる願いを掛けましょう。」
 
 石段を登る一番目の踊り場左の御堂・普門院
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                  普      門      院
            七鈴観音という十一面観音が祀られている
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                  七 鈴 観 音 堂  内 陣
 
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                  女  厄  除  け  坂
 
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                  芭   蕉   句   碑
              「みあぐれば 桜しもうて 紀三井寺」
 
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                  清   浄   水   地 
 
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                  穀     屋     寺
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             地蔵菩薩と聖徳太子が祀られている
 
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                  瀧     本     院
                 浪切不動尊が祀られている
 
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                  松     樹     院
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                 身代り大師が祀られている
 
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                  宝     蔵     院
      大日如来、不動明王、弘法大師、聖天(歓喜天)が祀られている

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 最後の石段・男厄除け42段。境内正面に六角堂がある。
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 江戸時代・寛延年間(1750頃)建立。三十三カ所の御本尊が祀られている。
 
 境内は左右に長く幅は狭い、本堂は左側の一番奥にある。先ず手水場を探す。
 
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                  手      水      場 
 手水場傍の子育て観音像:和歌の浦が遠望できる。
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                  子育て  観   音   像                 

 手水場で漱ぎ本堂へ・・・
 
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                  本            堂
 厨子内に安置されている本尊の「十一面観世音菩薩像」は為光上人が刻んだものといわれており、上人が感得した「千手観音像」はその胎内に納められているというが、何れも秘仏であり直接拝観できない。
 本尊の「十一面観世音菩薩像」、「千手観音像」、それに本堂に安置されている、「梵天・帝釈天立像」は何れも重要文化財に指定されている。
 和歌山城にも程近く、歴代藩主が訪れ紀州徳川家の繁栄を祈願した。
宝暦9年(1759年)本堂を新築(県指定の重要文化財)入母屋造りの重厚な建物である。10代藩主治宝が多宝塔を寄進している。
 本堂の前に植わっているのは全て桜の木で、桜の名所としても知られているそうである。
 
 納経を済まし、今回は「御朱印」を戴くのを忘れじと心していたので納経所で納経帳を購入し「御朱印」・・・。
 
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本堂側より新仏殿方向(右側)に向かう境内、幅は狭い。
 
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                  ご く ら く 橋 の観 音 様 
 
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                  太      子      堂
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                  太子堂(右)多宝塔(左斜め上)
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               多   宝   塔
 
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                  幸    福    観    音
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                  護 国 院 鐘 楼 (重要文化財)
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                  六      角      堂
江戸時代・寛延年間(1750頃)建立。三十三カ所の御本尊が祀られている。
 
 境内の右端に位置する建物:
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                  新      仏      殿
 木造・寄木の立像仏としては日本最大という巨大な「大千手十一面観世音菩薩像」が安置。仏師・松本明慶氏の作で五大陸から樹を集めて製作された。2008年5月に落慶法要が営まれた。
 
 唯今「大千手十一面観世音菩薩像」公開中に付き拝観する。
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           大千手十一面観世音菩薩像(12m)
 
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            御   朱   印
 
 無事参詣を終えて第三番札所 風猛山 粉河寺に向かう・・・・・・・合掌    11月4日午11時35分
 
 

  西国三十三観音霊場 撮り歩き  第一番霊場  青岸渡寺


           第一番霊場 那智山 青岸渡寺
 
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 青岸渡寺と熊野那智大社は、明治の神仏分離令まで一体のものであり、日本中どこでも見られた神仏習合の地であり、青岸渡寺の本堂と那智大社の本殿は同じ境内内に同居している。
 2004年7月にユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」・青岸渡寺境内は国の史跡「熊野三山」の一部で登録されている。
 明治時代に神仏習合が廃されたとき、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されたが、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ、のちに信者の手で青岸渡寺として復興した。寺号は秀吉が大政所の菩提を弔うために建てた高野山の青巌寺に由来すると言われる。
 
 『行程』
JR天王寺駅AM07;59発特急くろしお⇒JR紀伊勝浦着AM11;33。勝浦駅よりバスで凡そ30分、青岸渡寺バス停到着は12時半。自宅を出たのがAM6;30だから可也の行程である。
 バス停から土産物屋、食堂前を通り200mも歩くと参道の階段前に出た。
 
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                  参道入り口:長い階段が続く

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                  参道の階段途中に郵便局が
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              階段途中で正面の山に「那智の滝」が・・・ 
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                  「那智の滝」遠望 
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                  参道右側に観音堂 
 
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 参道の8合目あたりであろうか階段が二手に別れる。左側には「熊野権現」の大鳥居、「右 西国第一番札所」の石柱が・・・
 
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                  「な ち さ ん 霊 場」の石 柱
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 ↑御詠歌・「補陀洛や 岸打つ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく滝津瀬」の碑
 
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                  青岸渡寺 「仁 王 門」 
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                  「阿・吽」金剛力士像(伝・湛慶作)
 湛慶(たんけい、 承安3年(1173年) - 建長8年5月19日(1256年6月13日))は、鎌倉時代の慶派仏師。運慶のもうけた男子、次男康運、三男康弁、四男康勝など皆、仏師になったが、なかでも嫡男の湛慶は、運慶、快慶とならぶ大家として知られる。
 「代表作」:
 ・木造千手観音坐像 - 妙法院・三十三間堂本尊(京都府京都市)、国宝  
 ・木造毘沙門天及び両脇侍立像 - 雪蹊寺(高知県高知市) 3躯 彩色玉眼、嘉禄元年(1225年)頃、重要文化財 脇侍は向かって右が吉祥天、左が善膩師童子
 ・木造善妙神立像・白光神立像 - 高山寺(京都市) 2躯 彩色玉眼、重要文化財 銘記はないが湛慶の作と推定され、下記の高山寺諸像も同様に湛慶作だとされる。
 ・狛犬 - 高山寺(京都市) 3対 木造彩色、嘉禄元年(1225年)、重要文化財
 ・神鹿 - 高山寺(京都市) 1対 嘉禄元年(1225年)、重要文化財
 ・仔犬 - 高山寺(京都市) 1躯         (ウィキペディア参照)

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                  長い石段が続き漸く境内に・・・
 
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                  手水場で身を清めて本堂へ

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                  青 岸 渡 寺 本 堂「如意輪堂」
                  本尊;「如意輪観世音菩薩」
 伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされ、同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したという。
後に推古天皇の勅願寺となり、初に生仏聖が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。
 大神社(浜の宮王子)に隣接し、もとは那智権現の供僧寺で補陀洛寺ともいい、補陀落渡海の住僧を出した寺として知られている。 
補陀落渡海は、南の洋上に補陀落浄土を求め死を賭して漕ぎ出す信仰のことで、9世紀から18世紀までの間に20数回が試みられている。
 本堂(如意輪堂) 742平方m、棟高18m、入母屋造り東南向きであり推古時代より六回改築致し天正十八年(一五九〇)豊臣秀吉の願いにより大工尼ヶ崎茂兵衛の造立で桃山時代建築とし南紀で一番古い建造物重要文化財指定。大正十三年に修理された。
 
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 天正18年(1590)、本堂(如意輪堂)再建の際、豊臣秀吉公より寄進された日本一の大鰐口。直径1.4m、重量450㎏。
鰐口にはその再興の趣旨が刻まれている。
 
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                  扁  額 と 本 堂 外 陣
 
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 本堂(如意輪堂)左側にある「如意輪観世音菩薩」立像・柔和なお顔立ちである。
 
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          本堂と熊野大社の社殿が並ぶ・・・将に神仏習合の証し

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 本堂外陣(右側)・本堂に向かって右手にある水子堂と宝篋印塔(ほうきょういんとう)
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                  水     子     堂
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 水子堂の右手にある石造宝篋印塔(ほうきょういんとう)・1322年の刻銘があり、重要文化財。
 
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                  鐘  楼  堂 ・ 大  黒  天  堂 入り口
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                  大  黒  天  堂
  
 大黒天にお参りしている丁度PM2:00頃、三重塔方向から白煙が湧いて出た。スワ火事か?と坂を下ると三重塔前広場で沢山の山伏姿の行者が護摩を焚いていた。
 
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 予期せぬ「護摩焚き」の行事に出くわし思わずシャッターを切る・2015・10・25・PM2・01                 
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                    「般若心経」を一心に唱える行者衆
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 平安貴族・武者の出で立ち姿に見ほれて暫く茫然、平安時代の熊野詣を彷彿させる風景であった。
 
 予期せぬ出来事で参拝予定が一時間遅れ、慌てて下山。勝浦駅行きバスに乗ってから大失態に気付いた。
「納経」を戴いて無いジャン・・・。将に大失態である。因って今回の御朱印は有りません。
 勝浦駅でも一列車遅れてPM16:06発と為り家に着いたのはPM21:00を廻っていた。長い一日であった。
 
 
 
                
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