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四国撮り歩記  霊場八十八ヶ所巡礼の旅:高知編 二十七番霊場

  第二十七番札所;神峯寺に向かう。距離大凡33km。

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         第二十七番札所 竹林山 神峯寺 地蔵院
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 石段を登り山門へ山門の右側の石段は安田神社の石段で寺と神社が併設されていた。
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               山          門 (仁王門)
 神峯山中腹の標高450メートルに山門、境内が広がっている。
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               扁          額
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           「阿吽」の仁王像
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 山門を潜り参道を進むと「竹林山 神峯寺」の石門が建ち奥に庫裏・納経所がある。
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 右側に本堂・太子堂に登る150段の石段がある。
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 左側に本堂への石段・中央に『土佐の名水 神峯の水』・左側に鐘楼あり。
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 『土佐の名水 神峯の水』は湧水。手水場にも為っている。
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               鐘          楼
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               本          堂
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               本  堂  内  陣
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               本堂に有る無人の売店
 本堂の中に御札やら参拝記念品等々の売店があるが店番が居ない。中央に御代金入れ箱が置いてあるだけ、この風習が更に徹底するとお接待に繋がるのだと言う。人を信じ、人に施す、人を愛する心に繋がる信心とはこの辺にあるんじゃあなかろうかな~と・・・・・・・何故かホッとする。
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               本堂前で記念撮影
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               太     子     堂
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               太  子  堂 の内陣
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               不 動 明 王 像
  田舎の我が家にも鎌倉時代作と言われている不動明王の坐像がある所為かお不動さんには興味を引かれるものがありついつい撮ってしまう。
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           田舎にある不動尊と毘沙門天(右)鎌倉時代作

 子供の頃の悪戯の仕置きは、押し入れや納屋(蔵)に入れられるのを定番としていたが我が家では不動さん部屋で反省させられるのを常としてした。今は懐かしい。

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               納     経     所
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           御     朱     印

 無事参詣を終えて第28番札所 大日寺に向かう・・・・・・合掌    11月1日午前10寺15分

★ 本尊:十一面観音菩薩 (伝 行基菩薩作)    ★ 開基:行基菩薩
★ 本尊の真言:おん、まかきゃろにゃ、そわか

『略縁起』
 ★神功皇后(在位201〜69年)の世に勅命で★天照大神などを祀る神社が起源とされる。★聖武天皇(在位724〜49年)の勅をうけた行基菩薩が天平2年(730年)に十一面観音像を彫造して本尊とし、神仏合祀を行った。その後、弘法大師が伽藍を建立し、「観音堂」と名付けたのが大同4年(809年)のころとされている。
 明治の神仏分離で一時廃寺となったが、明治20年再興された。土佐の関所として信仰されている。

★神功皇后:在位201年~269年。、仲哀天皇の皇后で夫の仲哀天皇の急死(200年)後、政務を執る。住吉大神の神託により、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫より玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵して新羅の国を攻めた。新羅は戦わずして降服して朝貢を誓い、高句麗・百済も朝貢を約したという(三韓征伐)。(参考;ウィキぺディア)日本史上の初の女傑であろう。
★天照大神:「古事記」や「日本書紀」の世界であり、記紀によれば太陽を神格化した神であり、皇室の祖神(皇祖神)の一柱とされる。信仰の対象、土地の祭神とされる場所は伊勢神宮が特に有名。所謂、伝の類であろう。
★聖武天皇の時代:奈良時代の最盛期にあたるため、天皇の庇護を受け仏教も盛んで東大寺、唐招提寺などに残るその時代の文化を天平文化と呼ぶ。全国に国分寺・国分尼寺が建立されたのもこの頃である。


 
  ★ 『四国遍礼霊場記』 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護):(参考資料として転載)
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 山が高く、一里も登らなければならない。頂上に登ると視界に入る限り、山々はみな下方に連なっており、まるでこの山の子や孫たちのようだ。頼りない細道が曲がりくねり、歩く人の黒髪も黄色くなるほど土埃が舞う。魔境であるため、午後五時以降は通れない。昔は多くの堂宇を擁していたというが、あるとき火災に遭い、本堂・大師堂・鎮守社が残るのみだ。
 麓の養心庵で、参詣人は憩う。この辺に、食わず貝というものがある。
         
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