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四国撮り歩記  霊場八十八ヶ所巡礼の旅:愛媛編  62番霊場

 
  

 第六十二番札所 宝寿寺に向かう 大凡1,5km。



                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 







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            第六十二番札所 天養山 宝寿寺 観音院
 

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               山門は無い・いきなり境内へ正面に旧本堂
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               山門代わりの石柱門 『一国一宮 寶寿寺』
 天平のころ聖武天皇(在位724〜49)は諸国に一の宮を造営した。その折、この地に伊予の一の宮神社が建立され
宝寿寺は伊予三島水軍の菩提寺として、また、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)の別当寺として栄えていた。
 大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)は、愛媛県今治市大三島町宮浦にある神社。式内社(名神大社)、伊予国一宮。
大山祇神は三島大明神とも称され、静岡県の三嶋大社と共に三島神社の総本社とされる。(ウィキペディア参照)



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                  旧  本           堂
 元の本堂が老朽化のため以前の大師堂が本堂になっている。

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                  本              堂
 
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 境内に入ると手前に手水場があり、太子堂・本堂と続く。

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                 太      子      堂
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                 大子堂 ★入母屋破風造り 

破風とは屋根に施された装飾です、お城や櫓等に使われている。屋根の形には、雨水を一方に流す片流れ、二方へ流す切妻造り、四方へ流す寄棟造り、宝形(方形)造り、入母屋造りがある。
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               姫路城天守閣破風入母屋造り
                                                                            



 境内には右側に手水場・安産観音像・地蔵尊左側には真念遍路道標・庫裏納経所などがある。

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                  手      水      場


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                  安  産  観  音  像


 conv201503220004のコピー
                  柔和なお顔の安産観音像
 弘法大師が留錫中に国司越智公夫人が難産で苦しんでた。大師が境内の玉の井の霊水で加持されたところ、見事な男児が誕生。以来、安産の観音札所としての信仰を集めている。


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                  お 地 蔵 さ ん た ち 


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                   真   念   遍 路 道 標
 真念:「四国遍路の父」とも言われる 宥辡真念(ゆうべんしんねん)は四国八十八カ所を特定し、現在の「発願の寺」・1番札所(徳島県の霊山寺)から「結願所」(けちがんしょ)・88番札所(香川県の大窪寺)までの巡礼の札所番号を定めたといわれている。 


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                  庫   裏・ 納   経   所


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            御    朱    印                                                    






















 










 無事参詣を終えて第63番札所 吉祥寺に向かう・・・・・・・合掌    4月5日午後2時30分





               

 
 




 

『略縁起』
 聖武天皇の勅願により、天平年間(708~781年)に伊予一国一の宮の御法楽所として建立された。この時、聖武天皇は金光明最勝王経を納め、僧道慈を任じて講読させたとされる。当時は金剛宝寺と号していた。弘法大師が大同年間にこの寺へ留錫し、聖武天皇の后である光明皇后にかたどり、十一面観音を刻んで本尊として安置した。その際、寺号を宝寿寺に改めたとされる。弘法大師が留錫しているとき、当時の国司だった越智公の夫人が難産で苦しみ大師に祈祷を頼んだ。大師は境内の玉の井の霊水で加持して夫人に与えると、夫人は玉のような男児を無事に安産したといわれる。夫人は子供に玉澄と命名し、嬉しさのあまり詠んで奉納した歌がご詠歌となり、それ以来このご詠歌を毎日3回唱えると安産すると言われている。それ以来、安産の観音札所として信仰を集め寺は栄えたとされる。ただ、中山川の下流域、白坪に位置したためにたびたび河川の氾濫に遭い、破損と再建を繰り返した。一時は荒廃したが天養年間に再建され、天養山に山号を改めた。その後★天正13年(1585年)に、豊臣秀吉の四国攻略の兵火によって堂宇は焼失し荒廃。寛永13年(1636年)四国遍路の行者宥伝上人により再興されたが、明治の神仏分離令による廃仏毀釈で廃寺となる。だが、明治10年に大石龍遍上人が再建し、現在の地に移された。











                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
 ★豊臣秀吉の四国攻略は第一番札所 霊山寺の項でも書いたが四国を統一した長宗我部氏を秀吉が攻めた史実をさす:
 長宗我部元親は戦国時代から安土桃山時代にかけての土佐の戦国大名。天正13年(1585年)には四国全土をほぼ統一することに成功したとされている。信長、秀吉に反抗。天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いでは、柴田勝家と手を結んで豊臣秀吉と対抗する。天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでも、織田信雄や徳川家康らと結んで秀吉に対抗したが小牧の戦いは秀吉と信雄が和睦するという形で終結した。天正13年(1585年)春、秀吉が紀州を平定すると弟秀長を総大将とする10万を超える軍を派遣、元親は阿波白地城を本拠に阿・讃・予の海岸線沿いに防備を固め抗戦するが阿波戦線が尽く崩壊した。元親は反戦派の家臣谷忠澄の言を容れて降伏し、阿波・讃岐・伊予を没収されて土佐一国のみを安堵された。
                                                                                                                                                                                                                                 ★ 本尊:十一面観音菩薩(伝 弘法大師)    ★ 開基:弘法大師
★ 本尊の真言:おん、まか、きゃろにきゃ、そわか
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
  
















◎ 四国遍礼霊場記 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護)    (参考資料として)

 
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 周布郡にある。本尊は十一面観音。伝承は何も残っていない。一宮と称しているが、これも推測に過ぎない。祭神が何であるかも分からない。一宮記に拠れば、伊予国一宮は、大山祇神社だ。すなわち、三島明神である。昔は十町余り北にあったが、近年、現在地に移した。鎮守と称する祠が一つある。一宮の末社か何かであろうか。
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