FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ひげ爺の独り言 放談 小噺  『山陰海岸国立公園』の ご近所便り

  「湖山池」  

 conv201309210001.jpg
 「湖山池」とコカ・コーラウエストスポーツパーク(元々は鳥取市布勢総合運動公園と呼ばれていたが、コカコーラウエストジャパン社が命名権を取得し、2008年4月から「コカ・コーラ ウェスト スポーツパーク」と改称された。なお、命名権は総合公園全体なので、各施設もコカコーラウエスト社の名前が入る)
 image  あ
 「湖山池」は鳥取市街の西方に位置する湖山砂丘の中央部にあり「池」と名の付く湖沼の中では日本最大の池である。面積17平方km・周囲凡そ18km・水深6,5m。数本の河川が流入した淡水と日本海に流れる湖山川から為る汽水湖である。
 5万年前と2、2万年前に大山火山の大噴火の火山灰で鳥取平野の原型が出来上がったが5~6千年ほど前の縄文時代に地球が温暖化し,海水面が上昇して現在の湖山池まで海が拡大し内湾が形成された。下って2千年ほど前の弥生時代には反対に地球全体が冷却化し海水面が2m ほど低下した。このため,海岸付近の砂浜が拡大して激しい飛砂が生じ,砂丘が高まり,拡大した。そして,縄文時代の内湾は千代川の搬出する砂礫により埋め立てられて,海と分離されて湖山池が出来た、所謂海跡湖である。
 ★海跡湖 【かいせきこ】
 かつて海だった所が砂丘,砂嘴(さし),砂州の発達により海岸の湖沼となったもの。一般には潟湖(かたこ)である。北海道のサロマ湖,静岡県の浜名湖等。
 image ac63
 「湖山川」・「湖山池」は湖山川と日本海に繋がっている。元々湖山川の河口は千代川に合流していたが、水害防止のため湖山川は日本海に直接につなげられた。 このため海水が逆流して湖山池の塩分濃度が上昇し、その水を利用した周辺農地で塩害が発生してしまった。
 image k14
 image k13
 「水門」・湖山川の途中に水門を造り「開閉操作」をして吃水漁業者と農業者の調整を図るため塩分濃度調整を行っているが周辺開発等により水質の悪化が進んでいるとの事。水質の悪化により酸素濃度が低く為る傾向にあり昭和24年度より塩分濃度を高める様にと水門を開ける頻度が高くなっているそうである。
その所為か定かでないが湖山池に今年3月8日「アザラシ」が現れた。
 image k6
 conv201309210023.jpg
 3月7日に湖山池に姿を見せたアザラシ「コヤマみどり」
 image k8
 image k7
 「コヤマみどり」の報道記事と鳥取市長発行の「特別住民票」・3月26日以降は姿を見せていない。
湖山池周辺の環境整備は進み、観光施設も整ってきたが裏腹に湖山池の水質はかなり悪くなり特に平成2(1992)年頃から急速に水質が悪くなっている。その原因は,湖山池周辺が急速に都市化が進んで生活排水が増えたり,農薬や肥料の農畜産にかかる汚染物質の蓄積などで,水質が悪くなり,リンや窒素などの増大で富栄養化している。植物プランクトンが大量に発生して「アオコ」が発生したり,ヒシの繁茂,酸素欠乏による多くの魚介類の死滅など,湖山池の生態の破壊が進んでいる。
 アザラシの出現で塩分濃度を上げる方針は成功したかに見えたが梅雨明けの7/8日には強烈な日光が降り注ぎ温度も上がったので、日中に植物プランクトンやそれを餌とする微生物が爆発的に増えた為水中が酸欠状態に為り湖山川や湖山池で鯉・鮒・汽水域に棲むボラ・コノシロ・セイゴ・貝類等の大量死があった。
 ★酸欠の理由;植物プランクトンやそれを餌とする微生物は日中は光合成により酸素を排出するが夜間は反対に酸素を吸収し水中を酸欠状態にする。
 image k20
 image k19
 酸欠死した魚・清掃する人達;回収した魚は35トンにも為ったそうである。 

 近代文明はそれまで考えられなかった豊かさ、便利さを人類にもたらしてきた。環境整備・観光施設の開発は人間界に採っては大いに利する事に違い有るまいが自然の摂理(ルール)を歪め破壊して仕舞っては「自然への冒涜」でしか無い。大自然を人間の思惑の儘変更(水路の変更)したり制御したり(塩水化)することは「人間の烏滸がましさ」でもあり難しいものである。
 此処で梅原氏の一言を添えて置きます。
 「人間中心主義の近代文明が今や限界にぶつかり、このままでは人類そのものの存続が危うくなってきました。この文明の危機を乗り越えるには、人間も太陽・空気・水といった自然のめぐみによって命を与えられ生かされている一つの生き物であるから大自然の摂理(ルール)にもとづいた、人間として望ましい生き方を心がける事である。(梅原 猛)」

 「湖山池」に纏わる「湖山長者」の昔ばなしが残っているが「自然の摂理(ルール)」犯し「報いを受けた長者の話」である、仏教説話の一つと思われる。
 
 むかし、因幡(いなば)の国(くに)、今の鳥取県に湖山長者という大層欲深かな長者がおったと。
 長者の田んぼは千町もあって、その田んぼを一日で植えるしきたりだったと。
 今日が田植えという日、夜も明けぬうちから、広々とした田んぼに数えきれんほどの早乙女(さおとめ)たちがずらぁっと並んで、いっせいに植えはじめる。そりゃぁ見事なながめだったと。
 ところが、ある年の田植えの日のこと。
 昼時(ひるどき)に、一匹の猿が子猿をさかさまに背負うて、山から下りて来た。
それを見つけた早乙女たちが、
「あれ、猿が赤ん坊を逆さに」
「ほんに、今にも落っこちそうな」
「あれ、落ちた」
「可愛いいなぁ」
と、口々にキャー、キャーはやしたてはじめた。
 すると、近くの田、遠くの田、どの田の早乙女たちも、どの田の早乙女たちも、
「何だ、何だ」
と、田植えの手をやすめて、猿を見ようとした。
 このありさまに、おどろいたのは湖山長者だ。
 長者屋敷の高殿(たかどの)から、
「なにをしているのや、手を休めるな」
と大声でどなった。
 早乙女たちは、あわてて田に戻ったが、大勢が一せいに手を休めたもので、その日は日暮れになっても千町の田んぼを植えおわることは出来そうになかった。
 日は、はや、西の山に沈もうとしていた。
 長者は、赤くなったり、青くなったりしてどなり散らした。
 が、どうしても日の暮れるまでに終わらないと分かると、
「ようし、こうなればお天道(てんと)さんに戻ってもらうよりしょうないわい。なんの、日の出の勢いのこの湖山長者に出けんことあるかい」
 そういうと、高殿に立って、さっと金の扇をひらき、お天道さんを三度(みたび)、大きく招きかえしたそうな。
 するとどうだ、西の山に沈もうとしていたお天道さんが、つっつっと糸にひかれるように、もういちど、天に戻ったそうな。
「それ、この間(ま)に苗を植えろ。一枚の田も残すな」
 長者は叫びたてたと。
 早乙女たちは、わき目もせずに植えていった。
 そうして、ようやく田植えが終わったとき、それに合わせるように日が沈んだと。
 さあ、近郷(きんごう)はもとより遠国(おんごく)にまでこの話は伝わった。
「入り日も招きかえす勢いとは、このことやで」
と、長者は大きな盃(さかずき)をかたむけて、上機嫌だったと。
 次の朝、
 長者は目を覚ますと、一面に緑の苗にうまった我が田を見ようと、高殿へのぼった。
 のぼってみて驚ろいた。
「あっ」
と叫んだまま、言葉が出ない。
 なんと、一夜のうちに、見渡すかぎりの田んぼは、池になっておった。
 そして、やがて長者屋敷も湖山長者も池の中へ沈んでしもうたそうな。
 この池を湖山池という。
                     (民話・湖山長者 原文のまま)

 日本海から切り離された湖山池には海の入り江と同様に島が点在している。
 image あ
 「湖山池のひょっこり・ひょうたん島」と呼ばれている一番大きな青島・弁財天が祀られている猫島・津生島・鳥島・団子島の5島がある。図の△印は世界でも珍しい「石釜漁」の伝統が残る三津地区である。本編では観光地化された青島・猫島・石釜漁の紹介に留めます。

 *三津地区に残る石がま(石釜、石竈)漁」:
 imageあ
 (写真①)
 image k21
 conv201309210010のコピー
 「石がま」と「石がま漁・石がま揚げ風景」・鳥取県の無形民俗文化財に指定されている。
 「石がま漁」とは、湖山池西側にある三津地区だけに残る湖山池独特の漁法で江戸初期頃から冬期に行われていた伝統漁法である。越冬中のコイやフナの習性(水温が下がると魚は岩や石の間に集まる習性がある)を利用した巧妙な漁法で石釜は魚を獲るための「人工漁礁」である。そのメカニズムは次のようなものです。
まずは、石釜の前方には「捨石」と呼ぶ石群を沈ませておきます。魚はこれを見て、その先に憩いの場所があるように思うらしく、石をつたってやがて石釜の底(入口)に突き当たります。さらに、魚は石組みの隙間から見え
る奥の方が安全な場所だと思って、さらに中に入っていく寸法である。岸の近くの水深2m程の浅場の湖底から大小の石を積み上げ最奥部に造る木製の胴函(どうかん)という捕獲装置方向に向けて魚道と魚道を突く突き穴を造りながら水面上50cm程まで積み上げて石造りの「人工漁礁・魚の棲みか」を造るこれを「石釜」と呼んでいる。(写真①参照)
 一月下旬~二月上旬の頃波の穏やかな日に家族近所総出の漁が行われるが「石がま揚げ」と呼ばれている。
まず「石釜」にむしろ(筵)を掛け「石釜」内部を暗くし、外側から順に石の間に集まった魚を丸太の突き棒で突き穴から突く、魚は暗い方へ逃げる習性を利用しむしろを少し開けては突きを繰り返しながら胴函へ魚を追い込む、突き棒を休めると魚が逃げるので絶え間なく突き続けるそうで、胴函に追い込むまで数時間掛るそうである。最後に胴函の落とし戸を落とし胴函に追い込んだ魚を網で掬い揚げる漁法である。鯉・鮒・ナマズ・ウナギ・ワカサギ等が主な魚である。
以前は一度に200kg程度の漁獲高があり、冬場の貴重な収入源になっていた。石釜を長い棒でつっついている漁労風景は、湖山池の冬の風物詩だったのです。
 石がまは1877年(明治10年)の最高時には86基を数えたが、老朽化や1943年(昭和18年)の鳥取地震による被害で、多くの石がまが損壊した。2002年から2003年にかけて被害の少ない石がまが修復されたが、それでも現在操業できるものは4基となっている。(参考資料フリー百科辞典・石がま漁研修会)
 
 *一番大きく、観光開発も進んだ「ひょっこりひょうたん島こと青島」:
 image k15
 青島は湖山池の南側に位置し周囲1,8㎞程の島で南東平坦部で縄文から古墳期に至る複合遺跡が発見され大正12年山陰で初めて縄文土器が発見されている。
 image k18
 昭和44年に大橋が架橋され以来開発が進み島全体が湖山池青島公園と為っている。湖岸と島は、歩行者専用の橋で結ばれており、渡ることができる。1周約2キロの島の遊歩道は、遊戯広場・フィールドアスレチックやキャンプ場などがある。桜は、ソメイヨシノを中心に31種類、478本が咲き競う。花壇には四季の花が植えられて鳥取市民の憩いの場と為っている。
 image k17
 青島公園案内図:先端部の小山は凡そ60mあり展望台に為っており湖山池を全貌出来るし砂丘の一部と日本海も望むことが出来る。
 image k22
 image k23
 遊歩道沿いの桜並木:
 image k16
 ライトアップされた青島大橋:
一般の自動車は大橋を渡れないので車事故の心配も無く子供連れには最適な公園である。

 *信仰の島・猫島
 image k2
 猫島は、一枚岩で出来ており一見浮島のようにも見える。弁財天・千手観音が祀られており、島の上に建つ建物は篭り堂で信者や修験者が祈願・修行するお堂である。また祭事のある時は、村の役方が食事をしたり、酒盛りをしたりする場所でもある。
島の鳥居と東屋は、昔付近の長者が琵琶湖の【竹生島】の弁天宮を分社して建立したらしいが真偽は定かではない。
 conv201309300001.jpg
 明治44年鳥取市発行「鳥取名所絵葉書」より:湖山池では無く湖山湖と印刷されている:
 image k4
 田植えの風景 左には湖山池の水をくみ上げる水車が見える・昭和初期撮影: 
 image k3
 猫島の神社に渡る湖山村の人々・昭和30年代中頃撮影: 
 image k10
 現在は公園になっているが以前は高住の水田だった・昭和40年代中頃撮影:
 conv201309220002.jpg
 image k25
 高住の水田跡地に出来た公園・平成19年撮影:

 猫島には「湖山長者」続きの伝説が残っている: 
〈湖山の猫薬師伝説〉

 昔、湖山長者の祈願所が賀露(かろ)町にあったが、長者の没落したあと祈願所の薬師如来が湖山町の「そら山」に飛来し、湖山町に薬師堂ができた。
この時はまだ「湖山の薬師さん」と呼ばれていたが、「湖山の猫薬師」と呼ばれるようになったのは、次のような伝説があるからである。

「湖山薬師」の坊主が淨西坊だった頃の話。
お勤め中、仏壇の下に何やら光る物があるのに気付く。
調べてみると、赤毛の猫のミイラであった。

その夜淨西坊が眠っていると、この猫が夢の中に現れ、「自分は湖山長者に飼われていた
猫で、長者の田んぼが一夜のうちに池になってしまった時に流されて溺死した猫である」と言う。
また猫は、「湖山池の小さな島に「猫島」と呼ばれる島があるが、それは自分の
死体が打ち上げられ、そこで干からびたからそのような名前がついたのだ」とも言った。
そして猫の「自分は長者さまに信心を教えられ、それを心がけたので、動物の身を離れ
仏になる事を許された。自分は今後もここのお薬師さまにお仕えし、世の人々に
ご利益を授けたいと思っているので、住職にも力を貸して欲しい」という言葉まで聞いた所で、
淨西坊は目が覚めた。

ふと、淨西坊は、5~6年前にふらりとやって来て棲みついた赤毛の猫が人間のように
薬師を拝んでいたかと思うといつの間にやら姿を消した、という事を思い出し、
あの時の猫は湖山長者に飼われていた猫が化けて出たもので、今度はミイラになって
現れたのに違いない、と淨西坊は考え、猫のミイラを厨子(ずし)に納め、
ご本尊であるお薬師さまの右側のところに祀った。
この時から「湖山の猫薬師」と呼ばれるようになったと言う。

鼠のいる家では、この猫薬師の護符を授かると効果があり、お礼に鼠の玩具を
差し上げるという慣わしがあるそうだ。
 また、失せ物がある時、このお堂で祈祷してもらうと、すぐに場所がわかるとも伝えられてる。
 
 *湖山池の旭日と夕陽風景:
 image k28
 image k29
 image k11
 image k30
 image k31
 conv201309210020のコピー
 湖山池の旭日:
 conv201309210013のコピー
 image k32
 image k33
 image k34
 湖山池の夕日:
                       
  「末恒砂丘」
 末恒砂丘は湖山砂丘の西側に位置し「鳥取砂丘」の最西端の砂丘で白兎海岸がその中心と為る。また「山陰海岸国立公園(山陰ジオパーク)」の西端でもある。
 「白兎海岸」 
 童謡・「大きな ふくろをかたにかけ・・」で知られる大黒さんと白兎の話、古事記神話の「因幡の白兎」で有名な白兎海岸は「渚百選」に選ばれている水も砂も綺麗な海岸で夏は海水浴客で賑わう、海岸線沿いに国道R9線が走る便利さもあり白兎神社等古を偲ぶ事も出来て観光客も可也多い。
 『註』古事記では「稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)」と表記されている。

 image h4
 image h11
 白兎海岸の西方側・「稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)」の現場とされる「淤岐ノ島(おきのしま)」遠望・
 conv201310110001のコピー
 ハマヒルガオ(浜昼顔)・
 image h13
 白兎海岸東方風景・
 image h14
 海岸線に沿うように国道R9号線が走っている。
 image h12
 image h17
 国道R9号線沿い(山の手)に建つ「大国主命と因幡の白兎」石像・
 image h3
                    田村虎蔵歌唱碑 (『大黒さん』を作曲)
『註』作曲家、音楽教育家。鳥取県(現在の岩美(いわみ)町馬場)に生まれる。1895年(明治28)東京音楽学校を卒業し、その後25年間、東京高等師範学校で教鞭をとる。言文一致唱歌を提唱し、『尋常小学唱歌』(1905)、『高等小学唱歌』(1906)などを編纂。彼の作曲による『花咲爺』『金太郎』『一寸法師』『浦島太郎』『大黒さま』などは広く愛唱され、大正時代の童謡歌曲の先駆となった。

 image h18
 「大国主命と因幡の白兎」石像の山手に「白兎神社」の大鳥居がある。
 conv201310110001.jpg
 白兎神社拝殿・
 image h2
 image h1
 白兎神社立札に書かれた「稲羽の素兎(いなばのしろうさぎ)」の話・
 image h16
 本殿・白兎海岸を見下ろすように丘に建っている。「大国主命と八上姫」との縁を取もった縁結びの神様(白兎神)を祀り、大国主命が白うさぎの傷を治したことから医療や動物医療の発祥地とも言われている。

 白兎神社の西方に天然記念物「ハマナス自生南限地帯」がある。
ハマナス(浜茄子)は、バラ科バラ属の落葉低木。夏に赤い花(まれに白花)を咲かせる。根は染料などに、花はお茶などに、果実はローズヒップとして食用になる。皇太子徳仁親王妃雅子殿下のお印でもある。
 image h15
 conv201310110002のコピー
 conv201310100003のコピー
 「ハマナス」の花と実・

 白兎海水浴場; 
 image h6
 image h20
 海水浴場西側風景・
 image h7
 image h19
 海水浴場東側風景・

 白兎海岸の夕日・
 image h10
 image h9
 conv201310090008のコピー
 imageh21.jpg
 conv201310100001のコピー
 
 漁火は真夏の山陰沖を彩る風物詩である。
 imageh21.jpg
 imageh22.jpg
 conv201310100002のコピー
 conv201310100004のコピー
 漁火さまざま・
 image h8
 白兎海岸の「気多ノ前」といわれる岬の先端から、海を渡った沖にある淤岐ノ島まで、海を渡り一筋の光が灯された。毎年8月1日、白兎海岸にある「川下神社」の祭礼で行われるもので「神燈流し」と言われ、この灯は一夜限りです。

                        「末恒砂丘(白兎海岸)編 完了

  
 
 ご挨拶;
 昨年12月初旬より書き始めました「ひげ爺の独り言:『山陰海岸国立公園』ご近所便り」を(白兎海岸編)完と共に終了致します。足掛け11ヶ月に渉りご訪問下さいました皆様に感謝致します。途中より訪問下さいました皆様は最初から見直して戴ければ幸甚。
ひげ爺自身は「山陰海岸国立公園」東は丹後半島経ヶ岬から鳥取砂丘まで景勝地・名所・観光地等々総て網羅して紹介したつもりでおりますが、多少ひげ爺好みに進めた感も否めなく、手抜かりが有りましたら何卒ご勘弁下さい!今後共宜しくお願い致します。  ひげ爺 良兵衛
                                   

 








関連記事
スポンサーサイト

コメント

§ こんばんは!

 お久しぶりです。道草吾郎です。

 白兎海岸。以前、山陰地方を旅行した時にレンタカーで通りました。その時に因幡の白兎の石像を見て、ここがあの昔話の舞台かと思った記憶があります。

 11ヶ月間、お疲れ様でした。多くの情報量と素敵な写真で楽しませてもらいました。新シリーズも期待しています。

§ こんばんは

とても厚みのある内容にいつも感動しています。
ありがとうございます。
猫薬師伝説という興味深い記事に、
生きもののことがまたとてもすきになりました。
風景写真も貴重なものを見せていただけて感謝しています。
この後もよろしくお願いします。

§

こんにちは。

『山陰海岸国立公園』ご近所便り。
見たのは途中からでしたけど、山陰ってこんなとこがあるんだなーって初めて知った所ばかりで、ホント面白かったです。
様々なエピソードとか伝説とかも面白かったですしねー。

いや、ホントありがとうございました。
また、楽しいのを期待しています(笑)

§ Re: こんばんは!

 道草吾郎 様

 コメント有難うございました!
「山陰海岸シリーズ」の長丁場何時もご訪問戴き
有難う御座いました。
 次の企画に就いては、唯今思案中です・・暫く掛りそうですが
再開の節にはまた宜しくお願い致します。
               ひげ爺 良兵衛
 P/S 山陰海岸をドライブされた日は雨だったとか・・・思い出しました。
ブログ拝見しています!前向きの姿勢を感じています・・何よりです! 

§ Re: こんばんは

 萌永 様
 お褒めのコメント有難う御座います!
今後の励みに為ります。
 「猫薬師伝説」は布教の為の仏教説話だと思います・・
山陰地方にはこの類の仏教説話が沢山残っていますね、数編前の
「観音浦伝説」などもこの類と思います。
 唯今次作の思案中です・・また宜しくお願いします。
                  ひげ爺 良兵衛

§ Re: タイトルなし

 ひゃく 様

 何時も訪問・コメントも沢山戴き有難うございました!
漸く「山陰海岸国立公園・ご近所便り」書き終えることが出来ました。
訪問して戴いた皆様や励ましのコメント・拍手のお陰と感謝しています。
 唯今次回の企画は空白、模索中です!暫時お待ち下さい。
                        ひげ爺 良兵衛

 P/S 「ご近所便り」途中からとか・・・初回は、ひげ爺の故郷から
始めています、其の辺も読んで戴ければ幸甚です。

§ 山陰海岸国立公園』ご近所便り 感銘を受けました

山陰海岸国立公園』ご近所便り 長いこと楽しませて

下さりありがとうございました。

写真文章ともに、とてもすばらしく、いつもPCを立ち上げると

真っ先にこのブログを開き楽しんでいました。

今度はどんな題材に取り組まれるのか期待しています。

§ Re: 山陰海岸国立公園』ご近所便り 感銘を受けました

 ちば爺 様

 久方ぶりの賛辞のコメント有難う御座いました。
永らく連絡も無かったので「元気かな?」と案じていたところです。
 「山陰海岸国立公園・・・」の長丁場を終えてチョッと一休み・・・
次作は何にすべえかなあ~と暗中模索中・・・中々「引出」が見つかりません。
                      ひげ爺 良兵衛

§

教えて頂いたお蔭さまで、出雲熊野大社は一番好きな神社となりました。

鳥取、島根地方には中々いけませんが、また、絶対に行ってみたいです。

そちらの人達の印象が凄く良かったです。


旅行中の写真が殆どないので、ひげ爺 良兵衛さんのブログをみて思い出しますね。

こんなに、細やかなブログは、本になったらいいのにと思います。

淋しいですから、また、他の場所を紹介して再開してくださいね。

§ Re: タイトルなし

 おこちゃんちゃん 様

 お褒めのコメント有難う御座います!今後の励みに為ります。

 石見銀山を皮切りの山陰旅行~お伊勢参りまでの≒2.500kmの旅行と
聞いた時は“大丈夫かな?”と些か案じていましたが、その後のブログを
度々拝見し“大丈夫!”を確認し安心しています。“持病息災”も有りかな?
と思ったりしている次第。
何時までもブログを書き続けて下さい、“元気の証し”です。
                    ひげ爺 良兵衛


 
 


コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ひげ爺 良兵衛

Author:ひげ爺 良兵衛
ひげ爺のブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
ブロとも一覧

ライフスタイル向上のすすめ

地球の上で 〜人と生きるということ〜

心に風が吹くとき

本も映画も文具も、いいものはいい!

勇者フランツ

♪大きな声が出せないボイトレ馬鹿のブログ♪

ghost mail

ゼロから始める楽しい登山―初心者でも登山を10倍楽しむ方法を公開!!―

グローバルアジアん

写真とか小説(オリジナル)とかそのほか色々

オヤジの食卓

kbrkのつぶやき

One to Go

わくわく株式投資

しまじろうアニメの検証と考察

伊織のブログ

八十八(無職男・42日間歩き遍路旅からの人生)

宮廷アリス

Welcome to my thought♪~私の思想へようこそ♪~

QWERT 5w1h

おきらく道場

オンラインスロットプロ

Poem Spice-久遠の詩-

悩み解決!常識を捨てれば全てうまくいく

”さぶ”の独り言

★ Supaku Blog ★

素敵な人生(にゃんこ先生がお届け)

torara(°∀°)blog

MacとWindows:パソコン買取屋ブログ

勝ち組の日経225

夕子、西成区、花園町在住 の続篇・・・。                     『 制服と割烹着(夕子と昌幸・青春篇) 』  
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。