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ひげ爺の独り言 放談 小噺  『宝山寺酷似の四国八十八カ所・第45番霊場 海岸山 岩屋寺』

  『生駒山 宝山寺 と酷似の寺?』
 ★ 本堂と背後の岸壁の姿を何処かで見たような気がしてならぬ・・・・・思い出したら追加記載します。
 ★ 背後の岸壁の窪みに仏像が安置されているそうだ。なんの仏像なのか定かではない(後日調べる)。
 

 以上の様に『初詣編』の巻末に記載し終了したが、その寺院は『四国八十八カ所・第45番霊場 海岸山 岩屋寺』と判明・追記します。 
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 本堂と背後の岸壁の姿を何処かで見たような気がしてならぬ。何処だったか知らん?
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 『生駒山 宝山寺本堂』と真裏の岸壁・岸壁は仏像の頭部左半分に見えませんか?
 生駒山は伝承によれば斉明天皇元年(655年)に役行者が開いたとされる修験道場で、空海(弘法大師)も修行したと伝わる。その当時は都史陀山 大聖無動寺(としださん だいしょうむどうじ)という名であったと伝えられている。
江戸時代の延宝6年(1678年)に湛海律師が再興し、歓喜天を祀った。この時が事実上の開山と思われる。
 
 下記『四国八十八カ所・第45番霊場 海岸山 岩屋寺』 
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 太子堂・向かって右脇が切り立った断崖、壁面に人面の様に見える岩窟に仏像が祀られている。
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 見る場所や障害物を除いたりしながら見ると仏像の姿が見えてくる様な気がするから不思議である。
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 極めつけはこの一枚。岸壁一枚巨大な仏像の顔である。『山全体がご本尊』と云われる所以であろう!。

 以上の様に両寺の背後の風景が酷似しているばかりではで無く、ご本尊は共に『不動明王』であり岩屋寺の開基は弘法大師であり宝山寺で弘法大師も修行されたとの共通点もある。宗派も真言宗豊山派・真言律宗と親戚筋にあたるし弘法太子も祀られている。

★ 「宝山寺」岸壁の仏像が解りました!!(初詣編記載)
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 本殿に向かって撮影・
 conv201401090003のコピー
 般若窟の部分拡大写真・
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 般若窟に安置されている仏像は『弥勒菩薩像』でした。 (以上前出)

 「岩屋寺」岸壁の仏像;
 文筆、仏画ともに優れた★学僧 寂本(じゃくほん)の著に『 四国偏礼霊場記(しこくへんろれいじょうき) 』と云う四国霊場巡礼の景観図を加えた詳しい案内記がある。「岩屋寺」紹介の文中に以下の記述がある。『不動堂の上の岩窟は、自然と厨子のようになっており、中には高さ四尺余りの銅製仏像が置かれている。鉦鼓を持っている。阿弥陀如来だということだ。各仏格は峻別できるものではなく融通無碍ではあるが、如来・菩薩・明王・天といった四種の身相は経や儀規に定められており、形式を私にすることはできない。阿弥陀如来であることを疑う者もいる。もっともなことだ。いつのころかに飛んで来た仏であるから「飛来の仏」と呼ばれている。近くに仙人窟がある。法華仙人が人間としての肉体を失い精霊となった場所だ』(翻訳・村上 護)
 320数年年前に書かれた著作に記されているから存在は解っていたようだ。然し何時誰が仏像を安置したか定かで無い故「飛来の仏」と結論付けたのは頷ける。案外伝承、伝説などこんな事から生まれるのかも知れない。
 当寺の歴史由来の中に「弘法大師がこの地を巡錫中の頃、そのころすでに土佐の女性が岩窟に籠るなどして、法華三昧を成就、空中を自在に飛行できる神通力を身につけ、法華仙人と称していたという。だが仙人は、大師の修法に篤く帰依し、全山を献上した」と現在の「岩屋寺ホームページ」に記されている。
洞穴の仏像と空中を自在に飛行できる神通力を身につけた法華仙人を関連付けようと策して居る様に思えてならぬ。

 ★ 寂本 (じゃくほん )
1631-1701 江戸時代前期の僧。寛永8年生まれ。真言宗。高野山の快運にまなぶ。万治(まんじ)2年越前(えちぜん)(福井県)丸岡の中台寺の住職,寛文12年高野山宝光院の住職となる
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 『 四国偏礼霊場記(しこくへんろれいじょうき) 』景観図・「岩屋寺」
 
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 『阿弥陀如来像』の安置された岸壁と洞穴。
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 「バルーンカメラ」を飛ばし仏像を間近で撮影された。(NHKテレビ)
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 高さ約1.2m、ゆるやかな衣をまとった『阿弥陀如来像』であることが判明。
各も共通点の多い『宝山寺』と『岩屋寺』である。
 

                  ( 『宝山寺』と『岩屋寺』の類似編  完 )


 『岩屋寺を詳しく紹介編』;
 紹介編はひげ爺がブログを書き始め初期の作です。加筆修正し再び登場させました。ご了承の上拝読の程宜しくお願い致します。
 
 第四十五番札所 岩屋寺に向かう。距離大凡13Km。
 山陰海岸の絶壁の様な岩山に沿う様に寺はあった。

                第四十五番札所:海岸山 岩屋寺
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                        山        門
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                        本         堂
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                        太    子    堂
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 太子堂右脇の断崖の岩窟に仏像が祀られている
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 見る場所や障害物を除いたりしながら見ると仏像の姿が見えてくる様な気がするから不思議である
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 極めつけはこの一枚。岸壁一枚巨大な仏像の顔である。『山全体がご本尊』と云われる所以であろう!。
 
 当寺の登り口の売店に後20分と書かれた札が下がっていた。可也急な石段で腰を屈め無ければならん場所もある程だ。漸くの思いで本堂にまで辿り着き休憩用長椅子で一服していると品の良い老婆が座った、『僕は漸く登り着いたのにお元気ですなあ~、何歳になられますか?』『93歳になります』との事、付き添いの方も居たが別に介添えをしている様子も無い、この様に元気に老いたいものだ。
老婆に見習い元気にと思いつつも帰りの道は遠かった。
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                    絶壁にめり込むように建つ宿坊
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                    下山の途中記念に一枚 (この頃は髭無し)
 登りは参道の旗に励まされふうふう言いながら登ったが、境内で一服した所為か下りは些か余裕も出来多様な石像が目に留まる。
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                    安らぎ地蔵           
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                    弘法大師に従う石仏郡
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                    道開き不動・納経所下の曲がり角に鎮座
 参道の地蔵尊・名も無い石仏・のぼり旗等に導かれながら下山、第46番札所 に向かう。

【略縁起】
 弘仁6年(815年)、弘法大師は、かつて修行の霊地を求め投げていた明王鈴の音を頼りにこの地に巡錫、当時この山に住んでいた女の仙人(法華仙人)は大師に帰依、一山を献じて大往生を遂げた。
大師は不動明王の木像と石像のニ体を刻み、木像は本堂へ、石像は奥の院の岩窟に山に安置している。山そのものをご本尊として護摩修法された。
この寺の本堂は大師堂から少し下がったところにあり、大師堂より小さいが、本堂が小さい理由は、山全体がご本尊とされているからである。
山号は、大師の詠み歌「山高き谷の朝霧海に似て 松吹く風を波にたとえむ」からとって名付けられた。
この寺は何時の頃からか44番の奥の院とされてたが、明治7年に独立し45番札所になった。
独立後の31年には火災で僅かな史料を残し全山焼失したが、大正9年に再建された。
本堂は200M程の垂直の大岩壁に抱かれて建っており本堂右側の嶽は金剛界峰、左側を胎蔵界峰といい厳かな景観がある。昭和19年国の名勝地に指定されている。

 ★  本尊:不動明王(伝 弘法大師作)    ★ 開基:弘法大師
 ★  本尊の真言:のぅまく、さんまんだ、ばさらだん、せんだ、まかろしゃだ、そはたや、うん、 たらた、かんまん


  

 ★ 四国遍礼霊場記 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護)
   (参考資料として)

 ▼海岸山岩屋寺(四十五番)
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 『 四国偏礼霊場記(しこくへんろれいじょうき) 』景観図・「岩屋寺」

浮穴郡にある。名の示すように巨大な岩山に建てられている。まるで龍が蟠り、虎が蹲っているような岩の姿だ。奇怪と言うほかはない。切り立った断崖の、岩が軒のように出ている場所に堂が建っている。堂というよりは室であり、いずれも張り出した岩を屋根としている。竈を置く室は張り出した岩だけで十分なので、別に屋根を作ったりしていない。本堂の不動明王石像は空海の作。本堂から大師堂へは廊下を渡して通じている。堂の三丈ばかり上、特に突き出た岩があり、堂の縁から十六段の梯子で登る。梯子は空海が懸けたときとのままだという。岩の上には仙人堂が建っている。像は空海作。法華経を信仰していたため法華仙人と呼ばれている。大師が訪れるまで、この山に住んでいた。更に上方、屏風のような形に岩が落ち込んだ場所に、卒塔婆が建てられている。昔から二本あり、空海が両親のために建てたものだと言われていた。いつのころからか、一本が傾いてしまっていた。延宝三年四月十三日、真っ直ぐに直されており、紙らしい札が付いていた。鳥でなければ行けない場所なので、見る人は驚き合った。同十年、大風が吹いて、一基は見えなくなった。卒塔婆が一本ある。その下に塔が建っている。仙人の舎利塔と呼ぶ。不動堂の上の岩窟は、自然と厨子のようになっており、中には高さ四尺余りの銅製仏像が置かれている。鉦鼓を持っている。阿弥陀如来だということだ。各仏格は峻別できるものではなく融通無碍ではあるが、如来・菩薩・明王・天といった四種の身相は経や儀規に定められており、形式を私にすることはできない。阿弥陀如来であることを疑う者もいる。もっともなことだ。いつのころかに飛んで来た仏であるから、飛来の仏と呼ばれている。近くに仙人窟がある。法華仙人が人間としての肉体を失い精霊となった場所だ。
 奥に進むと、せりわりと呼ばれる、道のようになった岩の割れ目がある。白山権現が作ったという。高さは二十間ほどで、奇妙に突き出た険しい岩がある。高さは三十尺ぐらいだ。二十一段の梯子を懸けて登る。上には、鉄で作った白山権現社が鎮座している。
 その右に屹立する岩の頂きに別山社、続く岩の頭に高祖権現社が並ぶ。ここを離れて勝手・子守・金峯・大那智などの神社が、随所に建っている。
 だいたい、人の話は大袈裟なので、聞くより見るは劣るというが、岩屋寺に限れば、聞きしに勝る奇観絶景である。険しく極まる岩山は、何かよいことが起こりそうな形だ。聖人や神々が壮麗を尽くしたかのような美しさ。幽玄で微妙な地形であり、山の精霊が通る道を経れば、自然の尽きせぬ偉大さを思い知らされる。俗世の雑事を忘れ、石粒を払って霊柴の茎を食む仙人でもなければ、簡単に登ってくることはできないだろう。遠くのことを近くに感じ、遙かな哲理を探り出し、信仰心篤く神通力を持つ人でなければ、ここでの修行もうまくいかないだろう。空海の神懸かりな偉大さを推測することができよう。山号の海岸は、空海の歌による。「山高き谷の朝霧海に似て松吹く風を浪に喩えん」。        
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コメント

§

> 岸壁は仏像の頭部左半分に見えませんか?

あ、ホントだ!
いやぁ面白いですねー。

よくある、やたら巨大な仏像より、こういう方が素朴だし、
なんとなくありがたみがあるような気がしますね。

§ 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

§ Re: タイトルなし

 ひゃく 様

 度々のコメント有難う御座います!

お説の通り宝山寺の本堂背面の岸壁は当に仏像の半顔に見えますね!
岩屋寺の岸壁は当に仏像顔です。岩屋寺では山自体が『本尊』と云われています。
眼窩に仏像が祀られているのも共通です。宝山寺は岩屋寺に習い仏像を祀ったのかも
知れません。

 今後もコメント宜しくお願いします!

                   ひげ爺 良兵衛

§ Re: タイトルなし

 黒房 漆 様

 訪問戴き感謝致します!励みに為ります。
迷惑などトンでもありません。大歓迎です。
今後も宜しくお願い致します。

        ひげ爺 良兵衛

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