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四国撮り歩記  霊場八十八ヶ所巡礼の旅:阿波徳島編  第十一番霊場

 第十一番札所:藤井寺に向う。距離大凡10Km。
 
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          第十一番札所 金剛山 藤井寺 一乗院

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                山           門     
 山門の撮影時間を紐解いてみると10月10日午後5時0分59秒である。漸く納経所の閉所時間(午後5時)までに到着出来たようだ。急ぎ納経所に向かう。

 札所での参拝順序例は下記の通り: 

1.お大師さまの出迎えに対する礼儀として、山門で合掌一礼
         
2.門内に入り
 手洗いで口をすすぎ、手を洗い身を清める
 鐘楼堂にて、特に決まりを書いていない場合はゆっくりと二打
         
3.本堂に参り
 納め札または写経を所定の場所に納める
 お賽銭、お供え物等をあげる
 蝋燭(1本)をあげる
 線香(3本)をあげる
 合掌して経本にしたがってお参りをする
         
4.大師堂に参る
 本堂と同じ順序でお参りをする
         
5.他のお堂もお参りする
         
6.お参りが終わってから、納経所でお納経を受ける
         
7.お大師さまのお見送りに対する御礼として、寺を出る時、山門にて合掌礼

 10ヶ寺を終え漸く参拝順序にも慣れてきたが藤井寺では最初に納経所で御朱印を戴きゆっくりとお参り出来た。

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                納      経      所
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                手      水      場  

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                本             堂
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 conv201403180014のコピー
 本堂の天井に雲龍が描かれている。本堂の改修を行った昭和52年に描かれたもので、地元鴨島町出身の★林雲渓の作。
 ★林 雲渓(はやし うんけい、本名:林 勇)は、徳島県麻植郡鴨島町(現吉野川市)出身の南画家。日本画家。1984年(昭和59年)に南画に優れた功績を挙げた第一人者として徳島県文化賞を受賞。四国八十八箇所11番札所である藤井寺本堂の天井絵には雲渓の描いた雲龍が描かれている。30畳ほどの大きさがあり、繊細な線と睨みをきかせた迫力のある顔が薬師如来を守つているかのように見える。(ウィキペディア参照)
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                本 堂 前 の 境 内 
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                太     子     堂
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                水 掛 け 地 蔵 尊
 六道能化(ろくどう‐のうげ)とは:六道即ち地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの世界に現れて、衆生を教化し救う地蔵菩薩のこと。能化とは教化することで、真理を説いて迷いを除き、正道に導くことである。
昔から信じられてきた地蔵信仰の原点である。「六道能化の地蔵尊」と呼ばれる所以である。

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                不     動     堂
 conv201403180011のコピー
                白 龍 弁 財 天 堂
 8つの手を持つ龍・8つの手それぞれに弓や矢、蔵の鍵などの物を持ち武術や芸術等の願い事に御利益があるとか・・・

 本堂境内を後にし山門に引き返すと右側に藤棚と鐘楼がある。
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                大師お手植えと伝えられる藤棚
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                鐘           楼 

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        御    朱    印

 到着が5時ギリギリ、お参りより先に納経所に走る。立派な藤の木が植わっている、大師お手植えだそうだが1200年経っているのか否か、何代目なのかな?どちらにせよ時期には素晴らしい花を咲かせるに違いあるまい。
一日目のお参りは十一ヶ寺と良く廻ったものである。 合掌。

★ 本尊:薬師如来 (伝 弘法大師作)    ☆ 開基:弘法大師
★ 本尊の真言:おん、 こんころ、 まとうぎ、 そわか


★『略縁起』
 弘仁年間、この地に立ち寄られた弘法大師が、渓流の水清き仙境に心をひかれた。弘法大師四十二歳のとき、自他ともに厄難を除こうと薬師如来像を刻み、飯尾の郷に堂宇を建立して本尊とされた。現在境内のある所からさらに山中に入ったところにある八畳岩の上に護摩壇を築き、金剛不壊の道場として、17日間もの間、修行をしたといわれている。そして境内に5色の藤をお植えになった。その由来から、この寺は金剛山藤井寺の寺号となったのだという。建立した藤井寺はその昔、七堂伽藍が建ち並んで荘厳を極めたと伝えられる。が、天正の兵火、さらに天保三年の火災に罹り堂塔、寺宝のことごとくを焼失している。これら両度の火災の都度本尊だけは不思議にも厄難をまぬがれている。現在の伽藍は万延元年(1860年)の再建であり、また、前記の八畳岩には弁財天を祀り、さらに百メートル奥には奥の院があって、そこには大日如来を本尊として安置している。

 strong>★ 『四国遍礼霊場記』 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護):(参考資料として転載)

 四国遍礼霊場記
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 麻植郡にある。空海の開基。本尊は空海作の薬師如来像。寺の前部分に鐘楼、傍らに地蔵堂・鎮守の祠がある。下手に二王門を構えている。今は禅宗の者が住持となっており、堂も禅宗風に作り直している。渓谷の水が清く流れ、岩の上を滑り落ちる様子は、白藤の棚のようだ。堂の前に老藤がある。寺の名は、問わなくても分かる。

                             
『閑話休題』:

 今日最後のお参りを済ませ今夜の宿を探さねばならん。巡礼宿は各所に在るものと思っていたが看板は見るものの十一ヶ寺を廻るあいだ宿は一軒も気が着かなかった。車を馳せながら何人かに『此の近くにホテルはありませんか?』聞くが『知らん』と言う。
此処は可成りの田舎である、辺りは暗くなるし人通りも無くなるし方角も定か為らず、些か困惑する。藤井寺は確かチョットした高台に在った筈と一計を案じ藤井寺に引き返すことにしたが是また大変。漸く着いた時には周辺漆黒の闇(チョット大袈裟か?)。是はピンポーンだった。方角は定かでは無いが可成り遠くに空の明るい一郭が見えた。
その方角に向けて車を馳せる。20分も馳ったろうか家並みの細道を曲がったら突然大通りの前に出た。左側に可成り大きなスーパーが在ったので宿の所在を尋ねようと入る。
『ホテルでも旅館でも近くに在りませんか?』と尋ねると『へえ、在りますビジネスで良ければ案内しましょ』と親切に言ってくれた。寝酒のワンカップを仕入れ宜しくと頼むと快く、先ほどの露地を渡り二軒目のビジネスホテルの駐車場まで案内してくれた。こんなに近くなら言って呉れればとの思いもあったが、『是がお接待か』と思い感謝の気持ちが湧いた。
フロントに『空いてますか?』と尋ねると『ご用意出来ます』とのこと、ホットする、時計PM7;00を廻っていた。
 着替え入りのバッグ、カメラ等々両手に持ち、ホテルに入ろうとして玄関のガラスドアに激突可成りの衝撃である。疲れで足がふらついて居たのかも知れん。
フロント手続きの間にミルミル額が腫れてきた。額と唇が可成り痛む。『なんでおでこと唇やねん、俺の鼻はそんなに低いんか!』と自嘲しつつ署名を終える。マスターが大変でしょうと、冷湿布を二枚呉れた。お接待を有難うと素直に受ける。
 旅装を解き一服すると空腹に気付く。僕は元来長距離運転をすると時は水分補給のみで固形物は殆ど口にしないことにしている。
今は完治しているが以前に病垂片の寺の字を可成りの期間患ったことがあり道筋のWCに入るのが苦痛で固形物を口にしなくなった所以である。その癖が今も続いている次第である。
 夕食の有無をフロントに電話すると『朝食のみで夕食は無い』とのこと。
今朝家を発って以後ペットボトルのお茶は3~4本呑んだ意外バナナ3本食べたっ切り、腹が減る訳である。仕方なく食い物屋探しに出かけたが日曜日の所為か飯屋も寿司屋も閉店の看板ばかり、赤提灯が目に付くと行ってみると『焼鳥屋』ばかり、好きでないので敬遠する。
4軒目の焼鳥屋に行き着いたとき道路標識気付いた、JR鴨島駅へ600Mとある。
『ここは鴨島てえ処か!それで焼き鳥屋が多いいわけでも有るまい。。。。。』等と思いながらトボトボと駅に向かった。道路の両側はアーケードになっており、この道筋なら寿司屋饂飩屋の一軒も在ろうと気を取り直し駅へ向けて足を引きずったが半ば灯を落としたJR鴨島駅に着いてもとうとう食い物に見放された様だ。諦めて今来た反対側の道を引き返すことにした。
100Mも歩いたろうか左向きの露地がありその3軒先に『寿司饂飩』の看板を見付けた時はやれやれと同時に十一ヶ寺の御利益かも知れんと正直思った。
 暖簾を潜ると気の良さそうな老夫婦が『おいでなさい、おや額はどうしました?』とカウンター越に声を掛けた。『ホテルのガラスにぶち当てて』冷湿布を額に貼った儘だし疲れた様子を不審に思ったのかも知れない。万歩計を見るとホテルから4000歩過ぎていた。時計もPM9;00を指している。
 先ず腹拵えと『冷や酒と刺身の盛り合わせ其れと蛸ぶつ』を頼む、遍路と生臭は拙いか?とチョット頭を掠めたが額の向こう傷に免じて許すと都合の良い解釈をすることにした。
 空きっ腹に喉越しの酒は胃の為に悪いことは重々承知をしているが満腹の酒の百倍美味いと言っても過言では在るまい。口に蛸ぶつを放り込みコップ酒を二~三口で飲み干すとやっと人心地つけた。
酒をコップに注ぎながら『いい呑みっぷりで;; 何処からお出でで』とお爺さんが聴いた。
『八十八ヶ所巡りですは、今朝大阪を発ち明日回れる処まで行き大阪に帰る』と話すと丁度良い処に宿を取ったと言う。『藤井寺までは余り距離はないが是からは寺から寺まで遠いので回れない、明日は十七番の井戸寺までにしておきなさい』と言う。
井戸寺までが徳島県の瀬戸内側で十八番から国道55号線沿いの太平洋側になるらしい。
『今度お出での時は和歌山港から徳島港へのフェリーが便利で小松島から始まる十八番恩山寺は近い』と言う。無計画に一つ計画が生まれた。
歩き遍路の話、此処は後藤田の地盤でと政治の話等々お爺さんは仲々の話好きの様である。お婆さんはにこにこ聞いている。
寿司定食をたいらげ老夫婦に暇を告げホテルの部屋にたどり着いたのはPM11;00過ぎであった。
風呂を張り一日の疲れを癒しベットでワンカップに手を添えTVを点けたまま眠りに就いた。


  
 
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