ヒゲ爺の独り言
エッセイ、昔の思い出話、釣り魚話、喰らい方等々
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四国撮り歩記 霊場八十八ヶ所巡礼の旅:土佐高知編 三十二番霊場
第三十二番札所;禅師峰寺に向かう。距離大凡8km。


駐車場で大きな「十一面観世音菩薩像」 が巡礼・参詣の皆さんを迎えてくれる。右側参道。

第三十二番札所 八葉山 禅師峰寺 求聞持院

山 門
仁王門ではあるが金剛力士像(鎌倉時代、仏師定明の作)は山門には無く収蔵庫に移されている。国の重要文化財に指定。

山門右側。「南無峯寺(みねんじ・みねじ)不動明王」の幟脇の奇岩の前に不動明王像が見える。南無峰寺(みねんじ、みねじ)と地元では呼ばれているらしい。
山門を潜ると右手に不動明王像がある。

不 動 明 王 像


本堂へ続く奇岩と石段
古代にはこの辺は海底だったとの説があるが納得がいく景色である。
石段を上り詰めると境内に出ると右手に鐘楼があり正面奥に本堂が建ち、本堂左手に大師堂があり、その左には地蔵堂、阿弥陀堂がある。

鐘 楼

本 堂
本堂は入母屋造りで、 銅板葺きの屋根。左側には大師堂。

本 堂 内 陣
本尊の十一面観世音菩薩は土佐沖を航行する諸船の海上安全を祈願して祀られた。船霊観音とも呼ばれる。

大 師 堂

大 師 堂 内 陣

地 蔵 堂 と 阿 弥 陀 堂

子 安 地 蔵 尊
手水場・庫裏納経所は山門の外側にある。

手 水 場

庫裏(本坊)と納経所

御 朱 印
無事参詣を終えて第33番札所 雪蹊寺に向かう・・・・・・合掌 11月1日午後3時55分
★ 本尊:十一面観世音菩薩(伝弘法太子作、国宝) ☆ 開基:行基菩薩
★ 本尊の真言:おん、まか、きゃろにきゃ、そわか
『略縁起』
行基菩薩が聖武天皇(在位724~49年)から勅命をうけて、土佐沖を航行する船舶の安全を願って、堂宇を建てたのが起源とされている。のち、大同2年??、奇岩霊石が立ち並ぶ境内を訪れた弘法大師は、その姿を観音の浄土、仏道の理想の山とされる天竺・★補陀落山さながらの霊域であると感得し、ここで虚空蔵求聞持法の護摩を修法された。このとき自ら十一面観世音菩薩像を彫造して本尊とされ、「禅師峰寺」と名付け、また、峰山の山容が八葉の蓮台に似ていたことから「八葉山」と号した。
以来、土佐初代藩主・山内一豊公はじめ歴代藩主の帰依をうけ、「船魂」の観音さんは今も一般の漁民たちの篤い信仰を集めている。
★補陀落:梵語のポータラカの訳語でインド南海岸にあると言われる観音様の住む所と言われる山のことである。
補陀洛渡海(西方渡海)とは、一言で言えば、観音菩薩が居られるという南方・補陀洛浄土を目指して不帰の船出をすることで、“入水捨身による自殺行”である。今、浄土といえば阿弥陀如来が坐す西方・極楽浄土を指すが、大乗仏教によれば、この世の四方八方に浄土がありそれぞれ如来・菩薩が坐すとされ、そのひとつが観音の補陀洛浄土である。
★補陀洛山寺
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町築地
本尊--千手観音菩薩
仁徳天皇のころ、インドから那智に漂着した裸形上人開基との伝承をもつ古刹。
★ 『四国遍礼霊場記』 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護):(参考資料として転載)

清く幽玄の素晴らしい景色を愛でて、空海が寺を建てた。本尊を作ろうとしたとき、天から梵字のキャが降ってきたため、これを本尊とした。キャは十一面観音を象徴する文字である。
中世には火災に遭ったが、火焔の中でもキャ字は損なうことなく残った。以後、秘蔵している。
奥の院と称する所に、二つの龍穴がある。岩屋に毒蛇がいたので、空海が赴き座禅を組んで仏を思い浮かべると、毒蛇は逃げていった。空海は代わりに、持っていた数珠を置いた。今でも霊宝として残っている。
山院寺号には訳があると聞く。由来を書いた紙の最後に、そこらの者が伝える歌も記されていたが、色々考えてみたが意味が解らなかった。だいたいにおいて、寺の唱歌は拙い言葉なので、拙い人が更に作り替えて様々に伝わるものだ。上手な人の口に載るものではないので、ますます採るに足らぬものになっていく。
寺の前に御手洗と呼ばれる大きな池があるらしい。真念が調べ洩らしたので、どのような場所か分からない。


駐車場で大きな「十一面観世音菩薩像」 が巡礼・参詣の皆さんを迎えてくれる。右側参道。

第三十二番札所 八葉山 禅師峰寺 求聞持院

山 門
仁王門ではあるが金剛力士像(鎌倉時代、仏師定明の作)は山門には無く収蔵庫に移されている。国の重要文化財に指定。

山門右側。「南無峯寺(みねんじ・みねじ)不動明王」の幟脇の奇岩の前に不動明王像が見える。南無峰寺(みねんじ、みねじ)と地元では呼ばれているらしい。
山門を潜ると右手に不動明王像がある。

不 動 明 王 像


本堂へ続く奇岩と石段
古代にはこの辺は海底だったとの説があるが納得がいく景色である。
石段を上り詰めると境内に出ると右手に鐘楼があり正面奥に本堂が建ち、本堂左手に大師堂があり、その左には地蔵堂、阿弥陀堂がある。

鐘 楼

本 堂
本堂は入母屋造りで、 銅板葺きの屋根。左側には大師堂。

本 堂 内 陣
本尊の十一面観世音菩薩は土佐沖を航行する諸船の海上安全を祈願して祀られた。船霊観音とも呼ばれる。

大 師 堂

大 師 堂 内 陣

地 蔵 堂 と 阿 弥 陀 堂

子 安 地 蔵 尊
手水場・庫裏納経所は山門の外側にある。

手 水 場

庫裏(本坊)と納経所

御 朱 印
無事参詣を終えて第33番札所 雪蹊寺に向かう・・・・・・合掌 11月1日午後3時55分
★ 本尊:十一面観世音菩薩(伝弘法太子作、国宝) ☆ 開基:行基菩薩
★ 本尊の真言:おん、まか、きゃろにきゃ、そわか
『略縁起』
行基菩薩が聖武天皇(在位724~49年)から勅命をうけて、土佐沖を航行する船舶の安全を願って、堂宇を建てたのが起源とされている。のち、大同2年??、奇岩霊石が立ち並ぶ境内を訪れた弘法大師は、その姿を観音の浄土、仏道の理想の山とされる天竺・★補陀落山さながらの霊域であると感得し、ここで虚空蔵求聞持法の護摩を修法された。このとき自ら十一面観世音菩薩像を彫造して本尊とされ、「禅師峰寺」と名付け、また、峰山の山容が八葉の蓮台に似ていたことから「八葉山」と号した。
以来、土佐初代藩主・山内一豊公はじめ歴代藩主の帰依をうけ、「船魂」の観音さんは今も一般の漁民たちの篤い信仰を集めている。
★補陀落:梵語のポータラカの訳語でインド南海岸にあると言われる観音様の住む所と言われる山のことである。
補陀洛渡海(西方渡海)とは、一言で言えば、観音菩薩が居られるという南方・補陀洛浄土を目指して不帰の船出をすることで、“入水捨身による自殺行”である。今、浄土といえば阿弥陀如来が坐す西方・極楽浄土を指すが、大乗仏教によれば、この世の四方八方に浄土がありそれぞれ如来・菩薩が坐すとされ、そのひとつが観音の補陀洛浄土である。
★補陀洛山寺
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町築地
本尊--千手観音菩薩
仁徳天皇のころ、インドから那智に漂着した裸形上人開基との伝承をもつ古刹。
★ 『四国遍礼霊場記』 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護):(参考資料として転載)

清く幽玄の素晴らしい景色を愛でて、空海が寺を建てた。本尊を作ろうとしたとき、天から梵字のキャが降ってきたため、これを本尊とした。キャは十一面観音を象徴する文字である。
中世には火災に遭ったが、火焔の中でもキャ字は損なうことなく残った。以後、秘蔵している。
奥の院と称する所に、二つの龍穴がある。岩屋に毒蛇がいたので、空海が赴き座禅を組んで仏を思い浮かべると、毒蛇は逃げていった。空海は代わりに、持っていた数珠を置いた。今でも霊宝として残っている。
山院寺号には訳があると聞く。由来を書いた紙の最後に、そこらの者が伝える歌も記されていたが、色々考えてみたが意味が解らなかった。だいたいにおいて、寺の唱歌は拙い言葉なので、拙い人が更に作り替えて様々に伝わるものだ。上手な人の口に載るものではないので、ますます採るに足らぬものになっていく。
寺の前に御手洗と呼ばれる大きな池があるらしい。真念が調べ洩らしたので、どのような場所か分からない。
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コメント
§ こんばんは!
こんばんは!道草吾郎です。
32番・禅師峰寺は高台にあり、土佐湾の眺めが良かったですね。岩盤も独特な感じで、印象深いお寺でした。
また、行きたいですね。
32番・禅師峰寺は高台にあり、土佐湾の眺めが良かったですね。岩盤も独特な感じで、印象深いお寺でした。
また、行きたいですね。
§ Re: こんばんは!
道草 様
コメント有難う御座いました!
最近のブログは積極性と明るさが垣間見え喜んでいます。
42日巡礼の結願から凡そ1年5ヶ月愈々お大師様の御加護が
現れ始めたのかも知れませんね。
しっかりと前のみを見つめて進んで下さい。
お見合いコンパ、正社員採用・・万歳、バンザイ!
ひげ爺 良兵衛
コメント有難う御座いました!
最近のブログは積極性と明るさが垣間見え喜んでいます。
42日巡礼の結願から凡そ1年5ヶ月愈々お大師様の御加護が
現れ始めたのかも知れませんね。
しっかりと前のみを見つめて進んで下さい。
お見合いコンパ、正社員採用・・万歳、バンザイ!
ひげ爺 良兵衛
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