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四国撮り歩記  霊場八十八ヶ所巡礼の旅:伊予愛媛編   41番霊場

 早朝AM6:00に出発する。
 第四十一番札所 龍光寺に向かう大凡50km。
第四十番札所から第四十一番札所まで50kmあるが昨日宇和島市まで40kmほど引き帰し宿を取ったのであと10kmの行程である。宇和島市は、伊達家十万石の城下町である。その宇和島から北東へ約10kmほど行くと三間平野に出る。龍光寺は、三間平野を見下ろす小高い山の中腹にあった。
 遠くで見た時赤い鳥居が目立ち一瞬また間違えたかな?と思ったが龍光寺はお稲荷さんと同居していた。

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      第四十一番札所:稲荷山 龍光寺 護国院
 
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               龍光寺の山門は大きな石の鳥居
 四国八十八ヵ所霊場1番霊山寺~40番観自在寺まで巡拝し山門の無い霊場は初めてである。当寺は神仏習合(しんぶつしゅうごう)の寺で稲荷神社と同居している。神仏習合とは、日本土着の神祇信仰と仏教信仰が混淆し一つの信仰体系として再構成(習合)された宗教現象。神仏混淆(しんぶつこんこう)とも云う。((ウィキペディア参照))
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 鳥居を潜ると、参道が民家の間を抜け石段へと続く。
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 長い石段が続き正面の赤鳥居が稲荷神社。 
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 石柱の建つ中段が龍光寺のエリアである。 左に本堂、右に大師堂。
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 狛犬さんと水子地蔵尊が迎えて呉れる。 少々違和感を覚えるが神仏習合の面影を色濃く伝えている霊場である。
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                本            堂
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                本            堂   ご本尊:十一面観音像
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                手  水  場 石段の左側
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          観 音 菩 薩 像 石段の右側
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 本堂の右側にはお稲荷さんに登る石段があり、忠魂碑が寄り添って建つ。忠魂碑とは、地方の靖国神社とも呼ばれ、日清(現中国)・日露(現ロシア)戦争以後の出征兵士の英霊を祀る石碑である。

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                大      師      堂
 大師堂は稲荷さんに登る石段の右側に建つ。左手前に七福神が並び下段に水子地蔵尊。
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                七      福      神
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                水   子  地  蔵  尊
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                鐘             楼
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                納      経      所
 本堂を挟んで左に納経所、右に鐘楼。
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           御    朱    印

 無事参詣を終えて第42番札所 仏木寺に向かう・・・・・・合掌    4月4日午前7時20分。

 【略縁起】
 大同2年(807)、この地を巡錫していた弘法大師は一人の老爺と出会う、老爺は「我この地に住み、仏法を守護し諸民に利益せん」と言って姿を消したそうだ。
大師は、仏法流布を誓いこの老爺こそ五穀大明神の化身に違いないと尊像の十一面観音菩薩を、さらに脇仏の不動明王,毘沙門天を刻み、堂宇を建立して安置、稲荷山龍光寺と号し四国霊場の総鎮守とされた。
由緒ある寺だが明治初年の『廃仏棄釈令』により稲荷大明神は氏神となり石段の上に下に新しく本堂を建て十一面観音菩薩を祀った。
当寺は龍光寺というより「三間のお稲荷さん」で近在に通っている。

★ 本尊:十一面観音菩薩 (伝 弘法大師作)    ★ 開基:弘法大師
★ 本尊の真言:おん、まか、きゃろにきゃ、そわか

 余談ではあるが、 秋の彼岸に、大阪天王寺の四天王寺に参詣した。当寺にも鳥居と山門が同居していました。
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 石柱に『大日本仏法最初四天王寺』とある。和宗総本山 四天王寺 - 日本仏法最初の官寺。
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                鳥   居 と 山   門
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                五   重   塔 と 金   堂
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 金堂の仏像と壁画。二本仏教が未だ根付かない時代の所為か仏像・壁画も大陸仏教の色彩を色濃くの残している。
 
 四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました。今から1400年以上も前のことです。『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫りもし、この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世の全ての人々を救済する」と誓願され、勝利の後その誓いを果すために、建立されました。(四天王寺の歴史 創建・原文のまま)
 


  ★ 『四国遍礼霊場記』 ;1689年(元禄2年)に発刊された四国巡礼案内記・著作(僧 寂本 (じゃくほん ))(翻訳・村上 護):(参考資料として転載)
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 宇和郡登賀利村にある。社が鎮座した年代は詳しく分からない。この神は、空海と筑紫で出会い、後に紀州の田辺でも出会った。空海が名を問えば、京都八条の二階堂柴守長者だと答えた。大師は、自分が与えられた東寺は近所なので、守護してほしいと頼んだ。後に神が東寺を訪れたとき、空海は饗応し法事など行った。稲荷山に小さな社を建て、祀った。額を書いて懸けた。二階堂は、現在の御旅所となっている。この神は稲を荷として担いでいるので、稲荷と呼ぶ。筑紫でも紀州でも巳の日に空海と稲荷が会ったので、巳の日を縁日にすると伝えられている。
 一説には元明天皇の時代、和銅年中に神稲荷山に示現した。宇賀姫といって、五穀の祖神であり豊饒を司る。また飯成とも書く。だいたい神道の説は、記紀の神代に載る神に取り合わせようとするものだ。しかし、はっきりしたものは少ない。天照太神から神武天皇まで二百三十四万余年間の事跡が何も伝わっていない。八幡神とされる十六代応神天皇の時代に至って、百済から論語などが渡来した。初めて異国の教えに接し、仁義という言葉を知った。人々の願いに応じて、聖徳太子が出現し、日本の言葉と漢字を繋ぎ合わせ、儒教を人々に学ばせ、神道を称え仏教を興し、両者の裡は根本では一つだと考えた。神聖な者でなければ、このようなことは出来ない。これ以前に日本で道義を語る者はいなかった。唐の周公や孔子と並び称すべき人物だ。以後、神道を説く者で、仏教に触れない者はなかった。ところが近世、神道でも宋朝派儒教の他者排除病に罹って、神道に意見を刷り込ませ仏教を排撃するよう謀り、色々な嘘を言い募っている。あるいは儒教の鬼神論を緩用して、元々の日本の神を滅ぼそうとする腐った流儀もある。自己の執着による妬みによって自分の最も大切な深部を忘れて、国の禁制を破り愚かな者を惑わす族もいる。私の説によって虚説を引き、体系的に語ることはない。おおかたは我流の、仏教をよこしまに排除し神社にあらぬ言い掛かりをつけているだけだ。現在の稲荷社では、空海を嫌って新説を作っているが、典拠はない。
 社は久しく荒廃していた。図の通りである。道清という者が人々に声を掛け、社と二寺を再興した。


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§ 聖徳太子が形勢の不利を打開するために

聖徳太子が形勢の不利を打開するために・・・・四天王寺の項を読んでいたら

ああそうだこの事のお祝いを述べねばなるまい、形勢の不利もなく大虎が四連勝

で日本シリーズへ・・・・・・ 久しぶりに美味い酒が飲めたことでしょう。

まずはお慶び申し上げます。実は私も喜んだ組ですねん。・・・・・・・・

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