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四国撮り歩記  霊場八十八ヶ所巡礼の旅:愛媛編  60番霊場

 
                                                                                                                                                 
 第六十番札所 横峰寺に向かう 大凡28km。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    




 







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            第六十番札所 石鉄山 横峰寺 福智院                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     









                                                                                                                                           
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                  仁      王      門
 59番霊場 国分寺では寺中が桜が満開であったが当寺には残雪が彼方此方に・・・・・。

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           「阿吽」の 仁  王  像                                                                                                                            


                                                                             仁王門を潜ると・・・・・・・。

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          石柱(左)に石鉄山別當横峰寺とある。日陰の処に残雪。
 去年の台風些か荒れた感がある、今は新装されている。
 
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                  新装された庫裏・納経所 


                                                                                                                 
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                  手      水      場                                          






 納経所前の石段を登り本堂に向かう。
                                         
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                  本             堂
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                  台風被害の寄付依頼看板


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                  本    堂    内    陣




 太子堂へ・・・・・・



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                  太      子      堂















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                  歓    喜    天    堂











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                  地蔵さんの先に鐘楼堂 
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                  鐘  楼 と 修  業  大  師


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                  修   業   大   師   像











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                  納      経      所





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           御    朱    印













                                                                                                                                                                                                                                  無事参詣を終えて第61番札所 香園寺に向かう・・・・・・・合掌。   




 







 















 『略縁起』
 白雉(はくち)2年(651年)★役行者小角が星ヶ森で修行中、石鎚山山頂に蔵王権現が現れ、その尊像を刻み本尊として安置しました。天平年間(729~749年)に行基菩薩が訪れ大日如来を刻み胎内に役行者の像を納めて安置した。
 大同年間(806~810年)に弘法大師が訪れ42歳厄除けの星供の法を修め、石鎚山山頂で21日間修行し、結願の日に再び蔵王権現が現れ大日如来を刻み本尊とし、第六十番札所として定められた。
 明治の廃仏毀釈により石鎚神社・西遙拝所・横峰社となり、明治42年(1909)横峰寺として再興した。
 如何にも役行者小角開基の寺に相応しい様相である。









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役 小角(えん の おづの /おづぬ /おつの、舒明天皇6年(634年)伝 - 大宝元年(701年)伝)は、飛鳥時代から奈良時代の呪術者である。姓は君。修験道の開祖とされている。後の平安時代に山岳信仰の隆盛と共に、役行者(えんのぎょうじゃ)と呼ばれるようになった。
実在の人物だが、伝えられる人物像は後の伝説によるところが大きい。天河大弁財天社や大峯山龍泉寺など多くの修験道の霊場に、役行者を開祖としていたり、修行の地としたという伝承がある。(ウイキぺディァ参考)
★西日本の最高峰、標高1983mの霊峰石鎚山の北側、中腹の標高750mにあり、八十八ヶ所中3番目の高さで伊予の関所寺であり最大の難所である(四国詣り6つの難所(鶴林寺・太龍寺・神峯寺・横峰寺・雲辺寺・焼山寺)の1つといわれる)。今は途中まで参拝専用バスがあるが、冬季は不通の場合が多い。自動車では有料の平野林道を通る。通行料金は普通自動車往復で1,800円。



















                  

★ 本尊:大日如来(伝 弘法大師作)    ★開基:役行者小角
★ 本尊の真言: おん、あぶらうんけん、ばさら、だどばん 









                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              










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 周布郡にある。石仙菩薩が開いた。彼は外見こそ僧侶であったが、神通力を有していたため、当時の人は石仙と呼んだ。縁起は、弥山・前神と共に、三寺で同一のものだ。縁起は、石鉄/石鎚権現、役行者、石仙について書いている。縁起の記述は、神懸かり且つ奇怪で、とりとめがない。神懸かりであることは凡人が云々評価できるものではないが、書き方が稚拙である点については、書いた者の責任だといえる。神には罪がない。石仙は役行者の再来だとされているが、あり得ることだ。比叡山の光定は伊予の人で、もとは石仙の弟子であったという。
 石仙の評判を聞いた桓武天皇が、勅使を派遣して招聘した。石仙が拒むと、勅使は天皇の所有ではない土地はなく、その土地に住んでいる以上は勅命に従うべきだと詰った。すると石仙は立てた錫杖の上に座った。これは、清和天皇が病気平癒祈願のために招いた勅命を、摂津の勝尾寺六代座主の行巡上人が、修行中は寺から出られないからと断った話に似ている【行巡伝説では天皇が汗の如きはずの綸言を変えて京都に来なくて良いからと寺で祈祷してもらうことにした。行巡は数珠と袈裟を自分の代わりに京へ送った】。行巡の話と同様なら、桓武天皇の代であり、空海と同時代だということになる。考えてみると、石鉄山は役行者の開基なので、恐らく横峯寺も役行者の開基だろう。余りに昔のことなので、確かなことは分からない。
 寺の中心的な神社は蔵王権現を祀っている。本地仏は両手を膝に置き親指と人差し指で輪を作る、上品上生形の阿弥陀如来像だ。三十六王子社および末社が多くある。
 本堂の大日如来像、脇士の持国天は堪慶の作。同じく脇士の多聞天は運慶の作。右の厨子には如意輪観音像、左の厨子には空海像が納められており、共に空海作。
 二王門には高さ六尺余の執金剛神像を安置している。

 寺の霊宝は、上品上生と書いている空海直筆の額、石仙が書いたという仏光山の額、詳しいことは分からないが空から降ってきた一尺余りの独鈷石。
 二町ほど登ると、鉄の鳥居が建っている。弥山の拝所だという。弥山までは九里。ここから北を望めば、青い海が遙かに見える。波に島々が浮かんでいる。中国地方の山がいくらか目に入る。まるで絵画を見ているような美しさだ。
 寺領が若干ある。四方の境には札が立っている。
 石鉄の鉄は鉞を意味する。「おの」とは読むが、「つち」と読ませる理由が分からない。愚かだから、鉄の字を使ってしまったのか。縁起には、石土とも書いている。石土については、前神寺の記事で触れる。




 
              
  
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